図 書
現代剣道百家箴
二つの言葉
植田 一(剣道範士八段)
「和合一体」「温古(故)知新」、ありきたりではあるがこの二つの言葉は、私の剣道修業の過程に於いて得た心境で、今では人生観にさえなっている。「和合一体」については、昭和38年(49才)剣道八段を允許された祝賀会で、また「温古知新」は44年(55才)範士の称号を頂いたその祝賀の席上で、それぞれ当時の心情を述べるのに引用した言葉である。
和合一体
文字どおり相手と自分と融け合って一つになることで、つまり相手を打ってやろうと意気込みすぎるのではなく、相手の中へはいり、また自分の心の中、動きの中へ相手を引き入れてくる。そこには決して無理のない渾然一体の姿、そこで始めて真のわざが生まれてくるわけである。
日頃稽古している相手が即ち自分の師であると考え、自分だけの剣道ではなく、相手とともにある和合一体の状況において剣の道を行ずべきだということを、齢50に近くなったその頃、つくづくと感じたものである。今もなおそうであるが、稽古した後で、ほのぼのとした互いの余韻が残る気品と風格ある剣道を、今後とも修業し続けて行きたいと心から願っている。
温古(故)知新
「古きを温めて新しきを知る」であるが、論語の中に、子曰く「故きを温ねて新しきを知る。以って師と為すべし」とあるように、古い物事を究めて新しい知識や見解をひらくことで、語源的には「肉をとろ火で煮つめて、スープのような知恵のエッセンスを得る」。それが現在のことがらについて新しいものを教えてくれるとの意である。
古い形式や考え方を重んじる剣道において、古いことだけにとらわれすぎると進歩がなく、新しいことに走りすぎると迎合に陥り易くなる。古いことに失しない。新しいことにかぶれない、絶えず過去と前途を正しく見つめてしっかりと進んで行く、ここに温古知新たる所以があり、真の立派な剣道の探求、向上が得られるものだと思う。こうした心の持ち方、言論、行動が、ただ剣道の中だけでなく、広く社会生活を営む上に於いて活かされること、これこそ、今日生を受けた吾々剣を学ぶ者の心すべきつとめではなかろうか。
幼にして学べば壮にして為すなり
壮にして学べば老いて衰えず
老いて学べば死して朽ちず(佐藤一斎)
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。