図 書
現代剣道百家箴
当てる剣道よりも打つ剣道に
大森 玄伯(剣道範士八段)
剣道人口増加と共に、近時は、殊の外に試合が多くなっています。この試合は、剣道の興味を青少年に与える点では、多大の貢献を果していますが、またその反面では、剣道の真のよさ、が失われつつある悲しい現象が現われていることを否定できません。いかにして、相手に早く、より多く当てようか、という竹刀術の風潮を是正しないと、剣道が間違った方向に進んで行きます。
わたしたちの祖先の偉大な文化遺産である剣道が、試合に勝つためのみの竹刀術の姿になっては、遺産継承者として淋しく嘆かわしいことであります。早く当てる。より多く当てるけい古でなく、攻めた攻められた、くずした破られたの、剣道の理法に適ったけい古を、平素心がけたいものです。そのためには常に原点にかえって、とかくおろそかになり易い基本を、また打ち込み切り返しを、大切に重んじなければならないと考えられます。
このようにして、基本の基盤の上にけい古がしっかりと練り上げられ、積み上げられると、理法に適った剣道の正しい打ち方が修得されます。わたしの中学校時代の恩師、故剣道範士奥村寅吉先生が『杉の木は伸びは早いが、根を張らないから大樹になっても、大きな風に耐えられず倒れる。楠は杉に較べて成長は遅いが、しっかりと根を張り、幹も太り、枝も繁って、大きな風にも持ち堪えられる。剣道は、この楠が根を張るように、基本がしっかりとしていれば、技も力も自然についてくるものだ。当てっこ剣道は駄目だ、基本を身につけて斬る剣道をやれ。』と、杉と楠とをたとえて、基本の大切なことを訓されました。それを今日でも記憶し、ありがたい師のお教えと肝に銘じています。
剣道を学ぶわたしたちは、目先のことよりも足もとに気をつけるように努めて、修行したいものです。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。