図 書
現代剣道百家箴
剣道に画竜点睛を
佐藤 貢(全剣連顧問)
我国の剣道が戦後復活してから2年、先輩有志の情熱と撓まない努力の結果、産業経済の躍進と共に隆々発展して全国的に普及し、その組織も強化され、全剣連は愈々財団法人として新らしい発足を見るに至った事は、誠に慶賀に堪えない。また、我国特有の剣道が世界にその真価が認められ、今や国際剣道の組織に迄発展した事は国民の大きな誇りである。然し静かに考えるに、この様な平面的数量的発展のみを以て満足して良いかどうか、そこに大きな問題があると思う。それは我国の剣道が最近欧米から導入されたスポーツと同じ様に考えられる傾向であって、之では剣道の最も尊い真髄を失なう事になると憂慮される。即ち剣道は単に体育や技術面の向上に資するだけでは本来の真価を発揮するものとは云えない。
剣道の尊ばれる所以は、人間の育成、特に健全な精神面の育成が最も重要な課題と考えられるからである。即ち剣道の根源は我国固有の武士道にあるからである。それは侵略的な軍国主義を鼓吹するものでもなく、弱い者いじめをするものでもない。元より剣の道であるから身を護り郷土を守る為に役立つ事は勿論であるが、わが民族の健全な心身の育成、質実剛健にして困苦に打ち勝つ精神、フェアプレーの精神、相互に人格を尊重し合い、礼に始まって礼に終る精神、師弟愛を育くみ、此の愛と修練を通じて立派な人格を形成する為の重要な道として幾世紀に亙って伝えられて来た尊い伝統を持っている事を忘れてはいけない。此の教えなくして剣道は無いと云っても過言ではないと思う。次に最近学校剣道も漸く取上げられるに至ったが、まだその普及には途遠しの感がある。学校に道場が少なく剣道具の備えつけも不充分である。また指導する良い教師も居ない学校が相当数に達する現状は歎かはしい。人間教育に重要な役割りを果す剣道 に対する教育行政の不徹底さはわが国の学校教育上の重大欠陥と云うべきである。特に今後の青少年教育に於いて、発育盛りの若者のエネルギーを遺憾なく発散させるばかりでなく、困苦に打ち勝つ英気と土根性を涵養すべき重要な時機に之を教育に強く織り込まなくては真の人間は形成されない。この意味から剣道は他のレクリエーションやスポーツと同様に考える事は根本的な間違いである。精神的にも肉体的にも自らを鍛え上げる意気を養なわせる上に於いて剣道に優るスポーツは他にあるまい。而も短時間でその目的は達せられ、全生徒に体験させる事が出来、更に老齢に達しても之を経験出来る点は特に高く評価されなければならない。此の観点から剣道を中学校の必修課目として広く実施される事を切望してやまない。茲に全剣連創立20周年記念を心から慶祝すると共に、わが国剣道に画龍点睛を提言し、今後の発展を心から祈念する次第である。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。