図 書
現代剣道百家箴
わたくしと剣道
津崎 兼敬(剣道範士九段)
「一剣報国」こそ、わたくしの生き甲斐だったと思います。
剣の道60余年をふり返りますと、苦しかったこと、楽しかったことなど色々な事が昨日のことの様に想い起されてまいります。
武専(大日本武徳会武道専門学校)を卒業後、直ちに母校鹿児島師範をふり出しに、剣一筋の人生が始まりました。その間、迷って禅寺に参籠したり、大事の試合を前に、酷暑の氷断ちをしたこともあります。親の臨終にさえ試合を優先させました。
「枕剣夢封侯」に明け暮れていたそんな時、わたくしにとって思いもよらない形で終戦がやって参りました。よしあしは別として、「この道」だけが生き甲斐のわたくしにとって、剣道禁止は、死の宣告と感じられたものでした。
絶望の者にとっては、一日一日が何倍の長さにも思われ、灰色の空を眺めては、長嘆息のくり返しでしたが、漸く昭和28年、知人のお奨めもあって警察界に入り、剣道をもって御奉公できる機会に恵まれた喜びは、今も新たな感概をもって思い出されます。
病を得て退職するまで、わたくしなりの誠意を尽くして微力を捧げた心算でおります。
そして、菲才田夫の身をもって、昭和43年、勲五等雙光旭日章叙勲の栄に浴しましたことは、生涯一度の誉と有難く存じております。
長いようで短かったわたくしの一生は、剣をのぞいては考えられません。おせわになった方々や、心の糧となってくださった人々を思い浮かべ乍ら稚筆を走らせております。
理念はスポーツ剣道と生まれかわりましたが、近年、小学校から大学まで、更に職場、社会にと戦前を凌駕する斯道の復興発展には、感慨一入のものがあります。
時恰も、全剣連創立20周年記念の御盛儀にあたり、これを慶びつつ、斯道の隆盛と発展を祈念して、拙文を結ばせていただきます。
*註 唐の詩人・李賀(791〜817)の詩に「憂眠枕剣匣、客帳夢封侯(憂眠して剣匣を枕とし、客帳に封侯を夢む)」の一節がある。「剣匣」は「剣を入れる箱」のこと、「封侯」は「大名」ここでは栄達・立身出世のこと。剣道一筋、剣道で懸命に世に尽くそうとした筆者の思いが窺える。(黒川洋一編『李賀詞選』岩波文庫、1993、参照)
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。