女子委員会
佐賀県剣道連盟副会長就任にあたって
桜木 はるみ(佐賀県剣道連盟副会長)
佐賀県剣道連盟は、今年度より江島良介会長の下、新しくスタートしました。その江島会長より、女性の視点で剣道界を見て欲しいと、副会長就任の要請があり、それまで県剣連の審議員、女子部会長としてお手伝いをしておりましたが、少しでも佐賀県剣道界の為に尽力できればとお引き受けしました。
私は昭和25年に長崎県五島市に生まれ、父の指導の下3歳で剣道を始めました。全日本剣道連盟発足が昭和27年、その1年後に剣の道に入ったことになります。
当時女子剣士は珍しく、男性の中で育った私は高校で初めて女子と剣を交え、戸惑いを覚えた記憶があります。当時は小学から大学まで女子は個人戦のみでした。國士舘大学卒業と同時に、郷里の長崎県立五島高校教諭として赴任し、女子部を作り剣道部監督3年目の長崎県高校総体で初心者軍団を率いて、団体優勝・男子団体3位、それが監督としてのスタートでした。
その後、全日本学生女子剣道大会団体3位3回個人3位(流通経済大学)、第13回全国家庭婦人剣道大会準優勝(東京都A)、第3回全日本都道府県対抗女子剣道大会優勝(佐賀県)、愛媛国体準優勝(佐賀県)。良き出会いと共に監督として幸せな時を過ごさせていただきました。
1990年代の関東学生剣道連盟では、女子学生の諸問題を検討する為、学連女子委員会を設置していただき、又OGの高段者が増え活躍されてきたのを期に、勝浦女子学生剣道研修会で、初めて、全ての講師を学連OGとした講習会が開催されました。この頃は各大学の女子は増加しているものの男子に比べ試合数が少なく、新人戦は男子のみであったので、女子新人戦の開催を学連に提案し、各大学にアンケートを取り、女子学生の部も開催できるようになりました。
30数年前全剣連で竹刀重量を定める時、女子も男子と同じ重量(500g)になりそうだとの意見があると聞き、男女の筋力差を考えると、竹刀重量を男女同列に捉える事自体に無理があるので、女子約2,000名にアンケートを取り、男女の平均的な筋肉量と筋力を調べ、それぞれに適合する竹刀重量を割り出すという課題に取り組み、國士舘大学の運動生理学教授に資料の査読を受け、当時全剣連普及委員長の市川彦太郎先生にお送りしました。経緯は分かりませんが、その後400g台になり安堵致しました。女性だからこそ提案できた事として思い出に残っています。
又その頃、スポーツ界への女性進出が目覚ましく、ママさんバレー等活発な中、ママさん向け全国女子剣道大会が企画され、その設立委員の中に、高野初江先生と私他2名の女性が参画し、ママさんではなく「全国家庭婦人剣道大会」と銘打って、初の女性審判員も選出され、女性審判員の服装や各種規則の取り決め等に携わりました。全国の女性剣士憧れの日本武道館を目指して、多くの家庭婦人の機運が盛り上がると同時に、少年剣道も隆盛を迎えました。後に全国家庭婦人剣道大会は全日本都道府県対抗女子剣道優勝大会へと発展していくのですが、その後も長く全国の女性剣士から全国家庭婦人剣道大会廃止を惜しむ声が続きました。
佐賀県においては、2013年、佐賀県剣道連盟で女子部(成年)が設置され、女性だけの稽古会に加え、女子剣道普及の目的で、県内の小学生を対象として女子部との交流会を企画し、各年代の女子部の活躍を紹介し、長く剣道を愛好している姿を示します。実技指導に加え特筆すべき事は、礼儀作法の指導を通して、日本人の誇りや日常の心構えについて教育しています。私の父の口癖であった「母賢にして国栄え、母愚かにして国亡ぶ」のごとく、国の存亡、剣道の隆衰はまさに女性の双肩にかかっていると思います。学校教育、家庭の躾教育が脆弱になっている現代こそ、剣道の果たす役割は大なるものがあると思っています。剣道という日本文化を女性の目線を通して、特に子供の躾教育や女子教育に力を注ぎたいと思います。今後は女子剣道普及を念頭に、幅広い年代の女性が参加でき、女性が企画運営する大会を、まずは佐賀県内で開催することを目標にしたいと思います。
略 歴
- 長崎県出身
- 3歳より、父の道場で剣道を始める
- 國士舘大学卒業後、母校である長崎県五島高校の体育教諭となる
- 結婚退職後、茨城、東京、大分、佐賀で幅広い年齢層の剣道指導にあたる
- 現在、佐賀県小城市の桜武館道場で指導
- 2013年から佐賀県剣道連盟女子部会長
- 2021年4月、佐賀県剣道連盟副会長に就任
- 剣道教士七段