図 書
現代剣道百家箴
現代剣道百家箴によせて
古瀬 乗(剣道範士八段)
本年は全日本剣道連盟創立20周年に当り意義深い行事が行われる事は、洵に御同慶の至りである。
顧みれば昭和20年応召三度目の出征中終戦を迎え、帰還した時は既に剣道は中止され、その職も免状も失っていた。然も剣道の前途は暗澹たるものであった。然るに待望の全日本剣道連盟が創立されて一大光明を与えられたのである。以来20年を経その偉業は国を挙げて讃歎するところとなり、更に国際的剣道の発展に及び全く感激の他はない。此の度図らずもこの執筆の指名を受け来し方行く末と思う時感銘一入深いものがある。
私は大正10年米子中学校に入学し、更に大日本武徳会武道専門学校に入学し、故内藤高治先生、故小川金之助先生を初め、数多の立派な先生方の御指導御薫陶を戴いた。その間文武両道と人間味豊かな伝統ある校風の下、剣道は基本形と懸り稽古が中心であった。鋭い剣先に立ち向かい命がけで懸る気合を養われ、息が止まらんばかり又倒れんばかり鍛えられた。
そして剣道は人生の道に処世の道に通じた大道である事も、此の時代にいよいよ体験したのである。私が歩兵として出征(小隊長、大隊副官、聯隊副官)中その任を大過なく果たし、部下の損害も少なくその上九死に一生を与えられた事は、天佑神助と剣道の賜物であったと確信している。剣道の理法と戦闘の理法が根本的に一致したものであることを体験した。 最初の昭和12年出征に際し御見送り戴いた津崎兼敬先生、黒住龍四郎先生から乗車の寸前に、「攻撃をし過ぎない様に」「功を急ぐな」の御訓戒は、(肩を叩いて)機に臨み時に応じ敵に応じ、神言の如く砲煙弾雨の中にあっても脳裡にひらめき、絶大の力となったものである。
又私の体験した平常の生活任務に於いても剣道の役立つ事、その理法は戦場と同様である事は言を俟たないところである。終戦後中学校長として転職して10数年の間、無事愉快にその任務に終始し得たことと協力者のお蔭は勿論であるが剣道の賜物であった事も信じて疑わない。
剣道は平和に徹する事こそ最大の目的である。その為には正義、廉恥、礼義、勇気、謙譲の五徳の涵養が要訣であろう。明治維新の英傑山岡鉄舟は無刀流の流祖であり維新の大動乱の最中にあって、遂に一度も刀剣を抜かずにその大任を全うした事はあまりにも有名である。
孟子の所謂天の利は地の利に不如、地の利は人の和に不如とは剣道にも通ずる万道の極意であろう。
私は10年前剣道の専門家とし再発足して今日ある事は、洵に忝なく全く有難い楽しい限りである。剣道の為に生まれ、剣道の為に生かされているのも御神慮と信じている。
この秋に当りいよいよ一剣報恩の誠を捧げ度く決意を新にするものである。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。