図 書
剣道みちしるべ
第8回 剣道の国際的普及について
総務・広報編集小委員会(当時)
真砂 威
本年(2008年)の年が明けて間なしの1月4日、新聞各紙で、国際柔道連盟(IJF)が「技の判定基準の見直し」を検討していることが明らかになったと報じました。
《IJFの審判規定では、投げ技の場合、「相手を制しながら『強さ』と『早さ』をもって『背中が大きく畳につくように』投げた時」を「一本」と規定。「一本」の要件のうち一つが欠けた場合を「技あり」、二つが欠けた場合を「有効」、相手の片方の肩や尻などを畳につくように投げた場合を「効果」と定めている。しかし、ヨーロッパを中心に「判定概念が抽象的」と、不満の声が多い。そこで中間的な「技あり」をなくして、判別しやすい「一本」と「有効」に集約する案が浮上してきた。》といった内容です。
目下のところIJFは、この判定基準の見直しについて創始国である日本側に打診してきたという段階ですが、全日本柔道連盟の関係者は「柔道の本質を変えるものなら賛成できない」と慎重に対応する構えで、「なぜ『技あり』が『一本』と違うのかなど″柔道の理念″を理解してもらうことが先決」と反論したと報じています。
いよいよここまできたか、との思いを強くする報道でした。一方、剣道に目を転じ″競技の合理化″を求める動きが起こり、国際剣道連盟(FIK)の多数国から日本側に「有効打突の要件」といったような剣道の根幹について「かくあるべきだ」と提示があったときのことを想像してみてください。
『剣道試合・審判規則』には「有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものとする」と規定しています。
お気づきのように、見直しが検討されているとした柔道の判定基準よりも、更にさらに″抽象的″な表現となっています。現在のところ多くのFIK加盟国は、「日本に学ぶ」という取り組み姿勢にありますので、そのようなことを考えるのは取り越し苦労かもしれません。しかし世代が代わり、日本文化志向から競技主体へと価値観の変動が起こり、有効打突の要件の合理化・具体化へ向かうことになれば、必ず同じような議論におちいってしまうことは明らかです。
柔道や剣道に限らず国際組織をもつ武道は数多くあり、国際大会も盛んに実施されています。そしてそれらの多くが、チャンピオンシップスポーツの外観を飾っての大会を開催しています。しかし、根本問題として″武道の完璧な競技化は不可能である″ということを承知しておかなければなりません。2000年シドニーオリンピックでの柔道、ドイエ―篠原の決勝戦もしかり、「世界柔道2007」においても鈴木桂治・井上康生の両選手が不可解な判定で負けました。が、このことは、「世界柔道」と武道本来の勝負観との隔たりを如実に物語っています。剣道はといえば、柔道以上に″一本″の判定が困難とされ、門外の人からは「何が一本かわからない」と言われ続けています。出来る限り、わかりやすくする努力は傾けるべきですが「国際化」という名のもと、安易に迎合することなく、いかに正しく″国際的普及″をなし遂げるかが今後の大きな課題です。
剣道を競技として国際舞台で戦わせる意義は、″国を超え切磋琢磨しつつ、剣技を媒介とする人間交流にある″と考えられます。すなわち『剣道指導の心構え』(礼法)の説明文にある″「交剣知愛」の輪を広げていく″を世界規模で実践しようというものです。実際、世界大会開催中に大会会場において試合後、選手・役員・関係者が一堂に会して合同稽古を行っています。これは1970(昭和45)年の第1回大会から毎回欠かさずに実施されていますが、会場いっぱい所狭しと、各国の剣士が入り交じって剣を交える様子は実に壮観であります。そこには勝敗を超えた、確かな人間交流が存在します。このような交流の積み重ねが、『剣道の理念』に対する理解を世界に広めるための一番の近道だと信じます。
この『剣道の理念』『剣道修錬の心構え』『剣道指導の心構え』の英文訳は、全剣連ホームページ/英語サイト(The Concept of Kendo)に掲載されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。
(つづく)
*この『剣道みちしるべ』は、2007年8月〜2010年1月まで30回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。