アンチ・
ドーピング
救急医からみたアンチ・ドーピング(コラム42)
昨年より全剣連アンチ・ドーピング委員を拝命しました。私はふだん救急医療に従事し、救急患者の診療を行っています。救急外来へは様々な病気や怪我の患者が搬送されてきますので、我々が使用する薬剤は抗生剤、鎮痛剤、ステロイド、麻酔薬、昇圧剤、利尿剤など多岐にわたります。
就任に際し、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表国際基準や「薬剤師のためのアンチ・ドーピングガイドブック」(日本薬剤師会)を確認しました。そこには使い慣れた薬剤が並んでいるのですが、ドーピングという観点からみると、また違った光景が広がっていました。ステロイドや麻薬がドーピングであることは容易に理解できますが、意外な薬剤が禁止薬となっていたり、思いがけない作用を期待されドーピングに使用されていることに気づきました。興味深い二例をご紹介します。
線維芽細胞成長因子類(FGFs)は熱傷(やけど)や皮膚欠損のある傷に遍く使用されています。スプレーで傷に噴霧するだけで創傷治癒を早めるという優れもので、救急の現場でも頻用されています。創傷治癒の革命児とも言われるこのスプレーですが、ドーピングの禁止薬とのことで驚きました。効果てきめんのスプレーですが、「うっかりドーピング」となり得るため要注意です。
また、ベータ遮断薬は高血圧や不整脈の治療薬として広く使用される薬剤ですが、これは心拍数や血圧を抑えることで不安や「あがり」を解消する効果があるため、8つの競技(剣道は含まれません)で禁止薬に指定されています。この薬剤に緊張を緩和する作用があることは薬の作用機序を考えてみると自明なのですが、これも盲点と言えるでしょう。
これらの例から分かるようにドーピングには思わぬ落とし穴があります。「うっかりドーピング」とならないように、ご自身が使用しているお薬についてはしっかりと調べましょう。
アンチ・ドーピング委員会
委員 末吉孝一郎
* この記事は、月刊「剣窓」2023年11月号の記事を再掲載しています。