図書
段位審査に向けて
第8回 西川 清紀範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第8回目として、称号・段位委員会委員の西川清紀範士にお話を伺います。
西川清紀範士(以下西川)
果たして私の話が読者の皆様に、どこまでお役に立つか分かりませんが、日頃、自分自身心掛けているところ、指導に当たって留意しているところを中心にお話ししたいと思います。
篠原
よろしくお願いします。
西川
稽古に臨むに当たって最初にすることは、道場や体育館に入って神前(正面)に深く礼をし、「今日も一生懸命稽古に励んで頑張ります」と、自分自身に誓います。その後、剣道着に着替え、剣道具を身に付けますが、着装については、いつ誰に見られても恥ずかしくないよう心掛けて、毎日実行しています。
篠原
稽古は道場に入る時から始まっているということですね。
西川
礼法にしても着装にしても、毎日の積み重ねが大事だと考えます。高段者だからと甘くならないように気を付けています。
また、道場に入った時から「足」は剣道の足である「すり足」で歩くようにしています。これを続けていると、「足」「腰」が床と平行に動くようになり、体が揺れることがなくなります。慣れたら稽古中だけでなく、日常生活でも自然とできるようになります。
篠原
道場に入った時から、気を高めることが大事だということですね。
西川
若い頃、「自分に厳しくなれ」とよく言われました。また、最初の頃は「人にも厳しく」とも、後に「自分に厳しく、人には優しくなりなさい」とも言われました。
やはり、自分自身しっかりしたものを厳しく求めてゆくことが大事であり、それが緩むと、自分の剣道にも映ってきます。
篠原
礼法を身に付けるために大事なことは何ですか?
西川
「日本剣道形」を学ぶのが一番です。九歩の間合で、相手の目を見ながら対峙します。仕太刀は打太刀に遅れないよう、早くならないよう、気を合わせて蹲踞し、立ち上がります。太刀一本目から小太刀三本目まで全て合気になりながら、終始気持ちを相手に伝え気迫一杯で行うということです。
先般行われた東京・愛知の七・六段審査会での「日本剣道形」を拝見しましたが、合格された方でも「形」ではなく「形」の人が少なからず見受けられました。審査用に剣道形を覚えるのではく、日頃から剣道形を通じて、礼法・理合を学ぶ心構えで修行されることを望みたいですね。
私が週2回教えに伺っている道場では、稽古時間1時間30分の内、30分は剣道形、30分は基本稽古、残り30分で稽古や立合い等の稽古と、時間を振り分けています。剣道形も十本通して稽古するだけではなく、例えば太刀一本目を打太刀15分、仕太刀15分で繰り返し行う稽古もしています。
さらに『日本剣道形解説書』を読み、理解を深めるように話していますが、なかなか実行できていないようです。自ら学ぶ姿勢がないと身に付きませんね。
篠原
日常的に「日本剣道形」を稽古することが必要ということですね。
西川
なかなか時間的に難しいかもしれませんが、普段の稽古においても礼法・蹲踞・立ち上がりを、剣道形の礼法に基づき行うよう指導しています。木刀ではなく竹刀ですから、九歩の間合では近いので、蹲踞して立ち上がった時、剣先と剣先が10㎝~15㎝位の距離になるようにすると、審査と同じ立合いになります。
篠原
間合についてお伺いできますか。
西川
剣道は「正しい構え」と「一足一刀の間合」が重要です。一足一刀の自分の打ち間を掴み、左足を動かさないで一挙動で打突し、身構え・気構えができた残心までを一連のものとして指導しています。私の場合、遠間から触刃の間合に入るまで先を取るように心掛け、そこから一足一刀の間に入るまで厳しく攻め合い、攻め勝った状態をつくるようにしています。
自分の一足一刀の間合であっても、相手が崩れていない状態ではそこから打突しても逆に打たれてしまいます。小川忠太郎範士の本に「一足一刀の間に入り、そこから4~5寸攻めきれ」との記述がありました。一足一刀の間合は、相手も返したり、押さえたりできます。私の場合、そこから1~2寸でも攻め入り、相手の気持ちを動かし、相手が下がったり、居つこうとしたら、技を出せば勝てる―その機会を稽古で掴むように教わりました。
篠原
その間合まで入るのは怖くて、なかなかできないのではないですか?
西川
稽古で身に付けるしかありませんが「その機会を身に着けようとしたら最初は打たれる、打たれて勉強するのが剣道だ」と教わりました。「打たれないようにしようと思うから、自分の攻めができない」とも言われました。身長の高い人と低い人では一足一刀の間は違います。遠間でもその攻めができれば、なお良いと思います。
私は身長が高いので有利だと思われていましたが、若い頃は相手の喉元を攻めているつもりでも、手元が上がるところを打たれて、なかなか勝てない時期がありました。自分でも悩み考え、小川忠太郎範士の本にもありますが、低く攻める「水月攻め」があることを知りました。背の高い私が喉元より低く攻めると、相手は打たれることを用心し、手元が上がるので、真っ直ぐ速く小手を打てるようになりました。そういう小手が打てるようになると、今度は小手を警戒されるようになり、面や突きなど他の技も、攻めが利いてより良い技となって決まるようになりました。すると、さらに小手も良くなり、どんどん技術面が高まった経験があります。
篠原
攻め以外で先生が工夫されたことがありますか。
西川
若い時、ある先生の蹲踞が素晴らしく思えたので、それを身に付けようと努力しました。鏡に向かって礼・蹲踞・立ち上がりの稽古をしました。
ただ蹲踞して立ち上がるのではなく、私の場合、剣道形の蹲踞・立ち上がりの足幅では若干狭いので、少し広めにしています。そうすると立ち上がった時は左足が張った状態になり、何時でも打ち込める、応じられる足・腰を意識しています。また、そこから攻めると、相手に威圧感を与えることができます。
篠原
打突、構えについてお話しください。
西川
「鋭く打つこと」が大事だと感じています。大きな技は基本としては大事なのですが、小手などは相手の竹刀を上から、または下から越したら鋭く打ち込むよう使い分けができるように指導しています。
構えに関しては、小指・薬指の使い方が大事ですね。木刀の方が楕円形で分かり易いので、そちらで確認するのも一つの方法です。
また、左手を臍の一握り前に構えるのは、呼吸との関係があることを教わりました。剣道において呼吸は大事であり、丹田による腹式呼吸は皆さんご存知だと思います。その先は、丹田の気を踵まで持っていき、それから全身に回し、その気を臍から柄頭へ渡して、最後は剣先に持っていく。これができる人の剣先は活きていると教えて頂きました。私はそれを信じ、左手は柔らかくして臍から外さないよう、気を充実することを求めながら稽古しています。
また、どんな人と稽古するときも一生懸命を心掛け、「溜め」の勉強にもなるので、相手の実力に合わせた稽古しています。例えば三段くらいまでの人が相手だとすれば、行こうと思えば打てるところをギリギリまで我慢し、相手が正に動こうとするところ―その瞬間を打突します。自分の稽古にもなるし、懸かる方も「もう少しで当たるのでは…」と思い、また懸かってきてくれます。
30数年前の警視庁の選手時代の経験ですが、80歳台の小川忠太郎範士に何回稽古をお願いしても、全く認めて頂けなかったのですね。そこでスピードとパワーに頼るのではなく、自分の剣道を高めて貰おうと考え、見様見真似で攻め入り、先生が下がろうとされた時に思わず体が出ました。面に掠っただけなのですが、小川先生からは「そこだよ!」と誉めて頂き、その後はいろいろご指導頂くことができるようになりました。スピードに頼った剣道から、攻め合いによる機会を捉える剣道に変わる貴重な経験となりました。
篠原
高齢者や女性の皆さんに何かあれば伺えますか。
西川
女性と男性の立合いでは、男性が力強く攻めて、初太刀の面で女性がふらつく場面をよく目にしました。初太刀は面ではなくてもよく、充実した攻め合いであれば、手元が上がったところの小手の技は評価に値すると考えます。女性の柔らかい攻めによる剣道、自分の体形・攻めに合わせた剣道を追及していくことが大事だと考えます。
高齢者の場合、一足一刀の距離は近くなりますが、そこから自分の打ち間に入るまでの攻めができるようになれば「枯れた剣道」に近づくのではないかと思います。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。