
図書
『令和版剣道百家箴』
「3つのシンカ」
剣道範士 大久保 和政(埼玉県)
新型コロナウイルス感染症の猛威は剣道界にも大きな影響を及ぼしましたが、関係各位による感染拡大防止対策等の的確な対応により危機的な状況を乗り越え、ようやく以前のような状況にもどりつつあることは大きな喜びであります。
しかしながら、近年の少子高齢化の流れのなかにおける剣道離れ、剣道人口の減少について懸念をしていたなかで、さらにコロナ禍でこれらが深刻となっている現状は寂しいかぎりです。多様なスポーツ競技がメディア等を通じて紹介され選択肢が広がっている現代社会のなかで、人間形成の道を理念とする剣道が、いかに青少年の健全育成や壮年・高齢者の心身の健康増進に効果を発揮しているかなど、剣道の持つ特性、魅力、素晴らしさを様々な形でアピールし、情報発信していく取り組みのさらなる工夫・強化が必要だと考えており、関係各位の奮起を期待するものであります。
さて、私は、これまでの剣道人生において 「新化」「進化」「深化」の3つの「シンカ」を心がけてまいりました。
◯ 常に新しい技を開発する 「新化」
◯ 昨日より今日、今日より明日と「進化」させる
◯ それらを深堀する「深化」
です。現在、90歳代半ばを過ぎ、剣道具をつけて稽古をするというわけにはまいりませんが、常にこれらの「シンカ」を考えながら日々生活をしております。
剣道は日本の伝統文化でありますが、冒頭、申し上げたように、近年、私は、この伝統文化を継承していくなかで旧態依然とした考え方により社会の変化についていけず、剣道の衰退に繋がってしまうのではないかと危惧しております。ただ漫然と伝え残していくのではなく、時代の流れに的確に対応し「シンカ」させることが必要だと思っております。
このようななか、令和5年7月、 埼玉県内の剣道大会を観戦する機会をいただきました。久しぶりの試合観戦でしたが、不当な鍔競り合いが少なく構え合って攻め合い真っ向から勝負する素晴らしい試合展開が数多く見られ、たいへん感動いたしました。これは 「新型コロナウイルス感染症が収束するまでの暫定的な試合審判法」が徐々に浸透し、これまでの課題であった鍔競り合いをめぐる問題が改善に向かっているという背景によるものですが、社会環境の変化に適応した一つの「シンカ」ではないかと感じております。
今後、さらに試合のみならず剣道そのものが良い方向に「シンカ」することを願っております。
最後に、私が座右の銘としている 「一心一刀」について申し上げます。 人間にとって名誉・利益は大切なものですが、名誉・利益に執着して凝ってしまうと動きが取れなくなり、苦しくなってしまいます。剣道において、攻められて、これに執着すれば心に臆するところとなりますが、執着しないで攻めてくるところを反対にこちらからグーと出ていけば勇気になります。同じ心でも臆心にもなり、或いは勇気にもなるのですから、これを修行していくことが大切です。
剣道では、互いに一歩ずつ出たところで、相手が打ってくるのを受けたりなどせずに、こちらのほうからも出て切り落とします。こういうのが不動智であって、そういうものを一刀流では形に残しているのです。こういう形は心に迷いがあってはできません。心が一つになって初めてできるので、これを「一心一刀」といい、私は、この言葉を剣道はもちろんのこと私生活においても戒めとし、大切にしております。
皆様のご精武と剣道界のさらなる発展を心から期待しております。(受付日:令和6年7月29日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。