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段位審査に向けて
第17回 氏家 道男範士に訊く
今回は女子委員会の佐藤厚子委員長が聞き手となる第2回目として、国士舘大学名誉教授の氏家道男範士にお話を伺います。
佐藤厚子女子委員長(以下佐藤)
近年、国内はもとより海外においても女性の剣道愛好家が増加傾向にあると共に、高段者(七・六段)数も2,400名を超えようとしている現状です。今後更に夢と希望を持って精進して頂くためにも「剣道修錬の視点」を中心に、大学の先輩でもある氏家先生にお話を頂きたいと思います。本日は宜しくお願いいたします。
最初に、昇段審査において「女性の技術的な力量」をどのように見て評価されていますか。
氏家道男範士(以下氏家)
これまで、審査員として、また称号・段位委員会に関わってきた経験からお話をさせて頂きますと、基本的には男女の区別なく「段位の付与基準」で審査しますが、女性の良さである「姿勢や構えが端正」であったり、「間合に明るく」、「体の運用が軽やか」で、「礼法・所作が端麗」である等、女性特有の「しなやかな剣道」といった良さを心に留めて評価をするようにしております。
しかし、実際に女性が男性と立合うと、誰しもが感じる事ですが、体力や体格の面で差が出るのは明らかです。それに対し「負けまい」「どうにかしよう」とすると逆効果になり、余計な力が入り過ぎて平常心を失い、普段の思うような剣道が出し切れないで終わってしまった…という経験を女性の方々は持っておられるかと思います。
そこで重要になるのが、柔道で言う「柔よく剛を制す」―相手の力を巧みに利用する事が求められます。剣道で言うならば、男性に攻め勝ち引き出した上で、起こりはな・返し・応じ・捌き等、「相手を遣う」事が出来れば、誰が観ても評価は高くなりますね。当然、審査員も同様に期待している点ではないでしょうか。
将来的には、女性こそ男性以上に「理合の剣道」を追求していく事が重要になろうかと思います。
◎体づくりは必須。その先には…
佐藤
次に「体力や筋力の衰え」を、どう補っていけば良いですか。
氏家
剣道の修錬は「心技体」を磨く事ですから、幾つになっても「心技」だけでなく「体」を鍛える事に最善を尽くす必要があります。自分の年齢や体調を考えた上での「体づくり」は絶対に欠かせませんし、「稽古の一環」という考えを持つ必要があると思います。『葉隠』の心得で「自分に勝つは、気をもって体に勝なり」の教え通り、体づくりは非常に厳しいものがあります。自ら意識して体力や筋力を鍛え、対策をとったにしても衰えは徐々にやってきます。
それを「技」で対応するのも大事な手段ですが、技にも限界があります。やはり最終的に補えるのは、限りなく高めていける「心と気」となります。「心気を充実させ、高め、錬る」事こそが体力を補う重要な鍵です。つまり「心の剣道・気の剣道・合気の剣道」を心掛ける事が昇段審査は勿論の事、「生涯剣道」を目指す上でも必要不可欠かと思っております。
◎今後の稽古での五つのポイント
佐藤
「今後の稽古で心掛ける事・修錬の視点」等を教えて下さい。
氏家
幾つかポイントを挙げると
(一)充実した気勢・気魄を養う
男性と相対した際の「気の位」「気の充実」が気持ち足りないように感じます。これは、一朝一夕には当然ですが出来ません。常日頃の稽古から「臍下丹田」に意識を集中して、いかに気合や発声を充実させるかが大切になります。場合によっては、日本剣道形や古流の型等で「長呼気丹田呼吸」を学ぶ事も効果的かと思います。
立合いでは、相対した際に同格以上の気勢・気魄が伝わってくる位充実していないと差が出ませんね。かつ、立ち上がり始めから審査終了までの1~2分は、気力が漲っている状態を持続する事が非常に重要です。それには充実した気合が、審査会場に響き渡る位の気概が必要ではないでしょうか。
その「気の充実」が「気攻め」に繋がり、延いては「無心の技」を引き出す事になります。「打った、打たれた」というよりも、自分の「打突の好機」に「捨てきったか、打ち切ったか」が重要で、自分の気構え・心構えを普段の稽古で鍛錬すべきだと思います。
(二)構えに『力感』をもたせる
相手と立合った際、女性は一般的に姿勢や構えに「芯・軸・柱」といったものが足りないように映ります。「構えをつくる」という事ではなく、「左半身(左足の膕・左腰・左手)を充実」させる事で、重厚感が出てきます。つまり「上虚下実」の構えに繋がるようになります。更に「左半身」が充実すると、相手の攻めにも対応が早く、間を切って退く事なく「攻め返し」が容易になります。この気攻め、攻め返しができると「無意識」に技が出るようになります。
もう一つの利点は、後ろ姿に張りが出来て「位」を感じさせるようになります。前からの姿はつくれても、後ろ姿の強さ・美しさは滲み出るものです。持田盛二先生は「『技は構え』です」と言っているように、良い構えからは良い技が出るという事ですね。
(三)錬度に応じた基礎・基本を学び直す
受審する段位に応じた「基本の質」をこれまで以上に高める事が、昇段の必須条件になってきます。肘と手首だけの打ちでは「小手先の技」になってしまいます。肩を意識した打突を反復し、各段位の基本を確立して欲しいですね。
お互い「基本稽古」を行う際には、打つ側が一方的に打突する事なく、互いに「合気」で行う事によって、「攻め合いの優劣」と「打突の好機」が自然に生まれ、より実践に近い「質の高い基本稽古」が出来るようになります。
高段者になってこそ、「時々の初心忘れるべからず」が大事です。この言葉は、世阿弥が『風姿花伝書』に書き残してきたもので、その年齢に相応しい芸に挑む。つまり、その段階ごとに心を新たにして挑むという事です。生涯において、基本から離れてしまうと剣道ではなくなってしまいます。
(四)打突後の体勢づくり
打突後は、「突き抜ける」ような勢いが大切になります。
打ちたい、打たれまい。打たれないように打つ。受けて打つの剣道が多く見受けられます。これでは、打突後に気が緩んでしまい体勢が弱くなってしまいます。
勢いを磨くにはどうするのか。「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(甲陽軍鑑)」で、捨てて打ち切る覚悟が「打突後の勢い」を増していく事に繋がっていきます。
また打つ際は、心理面で「打たれたくない」気持ちが起きると、不十分な打突になり、打ったとしても審査員に響きませんし、評価に値しません。稽古においては、打たれて学ぶ姿勢が大切ですね
(五)技前で勝っての打突
相手を打突するには、とにかく「技前で勝って技を出す」。この一点に尽きるかと思います。「気攻め・剣攻め・体攻め」、或いは「三殺法」で相手の心を動かし、崩し、引き出して「四戒(驚懼疑惑)」が起きるよう攻め、その起こりを捉える事が大事になります。
「技前」で勝てば、相手の心が動く、起こる所を更に攻めれば「構えの隙・動きの隙・心の隙」が自然に見えてきます。特に女性の皆さんにはここが重要になりますね。
「技前」までの過程も大事です。礼から蹲踞し立ち上がるまでの一連の動作で相手を圧倒する気概が大切になります。また、「触刃」の時点では「露ノ位」で相対する事で、更に「技前」に生きてきます。
また、「礼法」は得てして形のみに囚われ易いですが、「礼」には、内に力を蓄える効用がある事を理解し、それを「気の充実」や「気攻め」に繋げていって頂きたいと思います。
◎顧みて思う正師を得る重要さ
佐藤
剣道をここまで続けてこられて感じられた事等をお聞かせ下さい。
氏家
約60年間、日本の伝統文化の剣道を続けてこれた事は、これ以上の幸せはないと思っています。現在も日々課題を持ち道場に立てる事自体、剣道を選んで本当に良かったと思うと同時に、剣道に生かされていると感じています。
剣道の上達には、やはり良き先生・指導者に巡り会う事でしょう。「正師得ざれば学ばざるに如かず」の通り、剣道は指導者の影響が非常に大きいですね。ここまで剣道を続けてこられたのは、すべて恩師に恵まれたと言っても過言ではないと思います。
若い頃、師の影響で京都大会に参加する機会を得た時も、諸先生方の立合いの中に、自分が「理想とする剣道」「求める剣道」を見て、静寂の中に雷が落ちるような衝撃・刺激を受けました。あの京都大会での感動がなければ、今の私はないですね
◎剣道再開のきっかけ作りに期待
佐藤
今後女性に期待する事はどんな事ですか。
氏家
私は大学で女子学生も指導して来ましたが、卒業後を見ると、大半は仕事・結婚・子育てと、日々の生活に追われ、剣道から離れていってしまう現状を見てきました。家庭に入り、剣道を休止してから再開するのは非常に困難な事が多いように思います。それでも30代後半位から、ちょっとした何かのきっかけで、剣道の楽しさや醍醐味を再確認できれば、再開できるのではないかなと… 。例えばその様な人のために研修会を行う等、女子委員会で是非方策を考えて頂き、普及に大いに繋げて欲しいですね。
佐藤
今日はご多忙の所ありがとうございました。
最後に、氏家先生の恩師の言葉、「70歳を超えて、なお上達する剣道を旨としろ!」をお聞きし、一生涯修行であると肝に銘じ「心の剣道」「気の剣道」に励みたいと思います。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。