アンチ・
ドーピング
オリンピックにおけるドーピング検査の歴史(コラム27)
2020年東京オリンピックまで、あと9ヶ月となりました。最近は様々な競技で選手選考が行われるのをテレビでよく見るようになり、東京オリンピックが近づいてきている実感がわいてきました。これとともに、「ドーピング」という言葉を耳にする機会が増えてきます。今回、オリンピックにおけるドーピング検査の歴史について紹介します。
1896年、アテネで第1回のオリンピックが開かれました。その後、1960年、ローマ夏季オリンピック大会で自転車ロードレース選手が興奮剤を使用し、競技中に急性心不全で死亡するという事故がおこり、ドーピングがスポーツ界にとって軽視することのできない問題となりました。その結果、1968年のグルノーブル冬季オリンピックとメキシコ夏季オリンピックから正式にドーピング検査が導入されました。2000年シドニーオリンピックからは、これまでドーピング検査は尿検査だけでしたが、血液検査も行われるようになりました。また、この大会から、選手宣誓に「ドーピング」についての文章が追加され「私たちは、スポーツの栄光とチームの名誉のため、決してドーピングをしないよう、オリンピック競技大会に参加することを誓います」という文で宣誓されるようになったのです。2004年のアテネオリンピックが、アンチ・ドーピング統一のルールである「世界アンチ・ドーピング規程」が適用された初めてのオリンピック大会となり、現在に至っています。
ドーピングを行う選手の数が減少してほしいのですが、アンチ・ドーピング活動が年々充実してきているにもかかわらず、実際には、ドーピング検査をすり抜ける方法が巧妙になってきて、結果的に検査数を増やさざるを得ない流れとなっています。東京オリンピックでは、通常1年間に行われるドーピング検査の数をオリンピック期間の1カ月の間に行う予定と言われています。このような方法でしか対策はないのでしょうか。いつかオリンピックで、「ドーピング違反ゼロ」という報告を聞きたいものです。
アンチ・ドーピング委員会
委員 門野由紀子
* この記事は、月刊「剣窓」2019年11月号の記事を再掲載しています。