アンチ・
ドーピング
鉄剤注射は危険(コラム25)
最近、高校生長距離選手に対する鉄剤注射が問題となっている。これは「鉄剤を投与すると持久力が上がる」というまったく間違った考えのもとに行われていたことのようであるが、実は選手生命を脅かすようなきわめて危険な行為である。ここでその無効性と危険性について改めて警鐘を鳴らしたい。
まず、鉄剤は、鉄欠乏性貧血とよばれる状態の際に用いられる医薬品である。経口用と注射用の2種類があり、前者はゆっくりと効果を示し、後者は速く効果を示す。貧血とは、血液中の酸素運搬役のヘモグロビンが不足する状態で、全身の細胞への酸素補給が悪くなり、動悸、息切れ、疲労感などが出現する。鉄はヘモグロビンの重要な構成成分であることから、身体から鉄が不足すると、ヘモグロビンが不足し、その結果、貧血が起こる。この時に鉄剤を投与すると、ヘモグロビンが再び作られるようになり、貧血が改善する。これが鉄剤の効用である。
しかし、鉄が不足していず、しかも貧血がない時に鉄剤を投与するとどうなるだろうか?答えは、身体の造血能力も持久力もまったく高まらず、激しい運動後の疲労感も消失しない。それどころか、過剰に投与された鉄が全身に蓄積をした結果、肝機能障害を起こすようになる。こうなると、選手の持久力は低下し、さらには選手生命が絶たれるような危険な状態に至る可能性がある。また、選手が鉄欠乏性貧血にならないようにという予防的投与も肝障害の危険性があり、避けるべきである。
一部の指導者からは「鉄剤はWADA(世界アンチ・ドーピング機構)の禁止薬物ではないので、鉄剤投与はドーピングに当たらない」という声がある。しかし、ドーピングとは薬物など不正な手段を用いて競技成績を上げる行為を指すのであり、持久力アップのための鉄剤投与はまさにドーピングに相当する。「血液検査がないならバレない」ことはなく、体内鉄分貯蔵量を反映するタンパク質「血清フェリチン」も血液中の鉄濃度もどちらも測定可能である。しかし、高校生選手に血液検査をするよりは、選手、指導者、家族に対して正しい教育を行い、鉄剤投与の危険性を知って貰うことのほうが有用で、はるかに予防的意義が高かろう。
アンチ・ドーピング委員会
委員長 宮坂 昌之
* この記事は、月刊「剣窓」2019年2月号の記事を再掲載しています。