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段位審査に向けて
第2回 藤原 崇郎範士に訊く
『剣窓』5月号より、新企画として始まった「段位審査に向けて」。称号・段位委員会の蒔田 実委員長に続き、インタビューをお願いした第2回目の話し手は…。
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第2回目として、普及委員会の藤原崇郎委員長へ、審査に臨むに当たっての心構えや、日頃の稽古で気をつける点などについて、お話をお伺いする機会をいただきました。
まず、「攻め」についてお話し願えればと思います。
藤原崇郎委員長(以下藤原)
いわゆる「攻め」といってもいろんな捉え方があると思います。「行くぞ」という気持ちを相手にぶつけるのが「攻め」と捉えがちです。そのことは必要なことですが、それだけでは不十分です。つまり、八・七・六段審査に臨むような高段者になると、相手に対応する力があるので、「行くぞ」という気持ちだけでは、打ちに繋がるまでの攻めにはなりきれません。
また、相手との距離が遠いところから攻めても響きませんので、まず間合を詰めてから「行くぞ」の気持ちをぶつけるのが半分。残りの半分は間合を詰め「行くぞ」と言う気持ちを相手にぶつけた後、相手が十分で隙がない場合は「行かない」「ためを作る」などの過程を経て、相手を引き出してから自分の打突に繋げていく。打ちを出す前に、こういう過程を修錬する必要があると感じています。
「行くぞ」という気持ちで間合を詰めるのですが、同時に「さあ来い」という気持ちでも間合を詰める事が、逆に「攻め」に繋がるのではないかと思います。
言い換えれば、いつでも打てる状態を作りながら、間合を詰め、我慢してためを作ります。そこで相手が怖がって出てきた時は、相手を引き出した形になって「応じ技」、「後の先の技」、それから打って来なかったら「先先の技」に繋がっていくのだと思います。つまり、「打ち出す前の攻防」「技前の相手とのやり取り」が大事です。
篠原
攻防の心理戦をわかりやすく解説いただきありがとうございます。攻防の後の打突についてお話下さい。
藤原
打突は、充実した気勢、適正な姿勢が必要である事は皆さん承知している事です。審査員は気力充実した打突かどうか。打ち切っているか否かを見ています。ですから相手には中途半端な打突を出させ、自分は十分な打突ができる機会をいかにして作り出すかがポイントになります。
相手と対峙すると、相手の癖を読み、相手の面・小手・突きなどのどこを狙うかを考えたり、払うか巻くかなど「どこを打つか」、「どう打つか」と考えがちですが、それよりも大事になってくるのは「いつ技を出すか」という事です。どういう場面で技が出るのか、無意識の打突に繋がるかが重要です。つまり、ためている状態で相手に乗りつつ、チャンスと判断した時に打ちを出せるかどうか、当然気力充実した打突になっていきます。このような事を考えながら稽古していただきたいですね。
篠原
相手との間合が詰まった時など、どうしたら良いのでしょうか? 引いたらいけないのでしょうか?
藤原
必ずしも引く事が絶対いけないとは言えません。余裕があって引くという状態を作るならマイナスにはならないでしょう。ただ逃げたり、避けたりという相手に負けた状態で引くのは良くないです。気持ちが姿勢に表れます。半歩引いても、一歩引いても、押されていないという状態は作れますからね。
審査では、相手より上位の気持ちが大事であり、同格ではいけません。面の相打ちの場面をよく見かけますが、合格は中々難しいですね。相手が迷っている場合は乗じて打つ。相手が来る場合はさばく・かわすなどして打つ事ができる。この両面ができて初めて相手より上位だと判断される訳です。
篠原
姿勢—中心軸については、いかがでしょう?
藤原
打突時に多少体勢が崩れるのは目立ちませんが、打たれる時に姿勢が崩れるのは良くないです。
体は上下左右に動きますが、打ちをかわす時などはちゃんと軸を立てて、対さばき・足さばきでしっかりした体勢を維持すれば、次の打ちに繋がります。
私が八段審査前に気を付けたのは「左手を動かさず正中線を意識する事」と、「打たれた時に姿勢を崩さない事」の2点でした。打たれる時は、上体を崩さず見事に打たれる事を心掛けました。良いイメージを自分で作って、繰り返し繰り返しする事で、少しずつ身に付くのではと思います。
篠原
打突時の響く打ちについてはいかがでしょう?
藤原
手の内の冴えは無論ですが、良い音も必要な項目の一つです。稽古の時、打突時の竹刀の角度を少しずつ変えてみて、いい音の出る角度を探してみて下さい。昔の先生は特に小手を打つ時「放り込む」と言う表現をされていました。手前味噌になりますが「先生の打ちは良い音がして、強く打たれた感じがするのに痛くない」と言われた事があります。
篠原
高齢者が特に気をつける点があれば教えて下さい。
藤原
剣道の経験年数は人それぞれでしょうが、大切な事は如何に剣道と向き合っているかという事だと思います。社会生活を送る中で、剣道の要素を取り入れながらそれを稽古に活かしていく。そんな姿勢を継続していく事が、その方の剣風を作り出してくれます。
昇段審査に合格する事は大事な目標ですが、寧ろそれまでの過程が重要ではないかと思います。気概を持って自分の目指す剣風を確立していこうとする強い意志が、より大事になってくるのではないかと思います。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。