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段位審査に向けて
第4回 石田 健一範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第4回目として、大阪府剣道連盟副会長の石田健一範士にお話を伺います。
石田健一範士(以下石田)
本日は、自分の剣道人生を振り返り、若い頃と八段を受審した頃のお話しをしたいと思います。
私は、大阪府警に入りましたが、大阪府警の特練には当然強い方が数多くおられ、その中で、私は決して強くありませんでした。また、多くの良き先生・先輩方がおられましたが、いい意味で剣道(剣風)が個性的で、学ぶべき点が数多くあり、伝統的に剣道の技術については、教えるというより、盗んで覚えろというような考え方で、「全国警察官大会」で優勝することが最大の目標という所でした。
最初は、この環境の中で「どうすれば生き残れるか?」ということばかりを考えていましたが、ある時、非常に努力される先生のお姿に触れることができ、正面から、本気で剣道に取り組む気持ちに変わりました。
剣道は精神的な部分も大事ですが、運動的な要素がかなりの部分を占めております。先輩の中に試合が強くて、素振りが非常に上手い方がおられましたが、どんな打ち方・どういう動きをしているのか、自分なりに分析し、真似をしてみました。
まず左手・右手の使い方を分解し、最終的には構えから打突するまでを分解した後、一連の動作に繋ぎ直しました。そして、最初は頭で考えながら正しい動作でゆっくり素振りをし、動作を覚えてからはある程度のスピードで、数多くの素振りを続け、結果として今の自分の形になりました。或る高名な先生は「竹刀は左手で振り、右手で打つ」と言われました。これが「冴えた打ち」に繋がると思います。
篠原
素振りの時、肩・肘・手首の使い方に、どのような工夫をされましたか。
石田
私の場合、肩を使って振り上げた時、左右の手首は固定したままです。手首で竹刀を振り上げると剣先も上がり過ぎるので、動線が長くなり、結果として打ちが遅くなります。左手首は、打突時に前に出し、竹刀を瞬時に持つだけですが、右手の作用により「冴えた打突」になります。最終的には、構えの状態から素早く面打ちの形になり、なお且つ剣先の冴えが出ればいいと思います。
竹刀で相手と打ち合う剣道では、振りの速さ、剣先の冴えは不可欠だと思います。
篠原
攻めについて伺えますか。
石田
試合中心でしたので、有効打突を決めるためには、どんな攻め方をすればいいのか、人の稽古を見て研究しました。同じ攻め方でも、通用する人と通用しない人がいます。攻め方・崩し方・中心の取り方にもいろいろあり、稽古で試してみて下さい。要は「いかに相手の心を動かすか」だと思います。
篠原
相手を使うという点についてお話しください。
石田
理合は剣道形で勉強できます。「攻めて・崩す」と相手は苦しくなります。外から攻めて打ち間に入り、相手に恐怖心を起こさせて、下がったらそのまま攻めます。または、相手が苦しくなり、出てきたら打ちます。言うのは簡単ですが地力が無ければできません。相手を攻め、自分の思うように動かせることができれば、間違いなく打突することができます。
審査では皆さん合格を目指し、受審されます。合格したいという気持ちが強すぎ、形に捉われ過ぎると、気迫が萎え、攻めが通用しなくなります。正に「気迫が技を生む」の言葉通りだと思います。
篠原
八段審査の時のことを伺えますか。
石田
八段を受けるに当たって、師範に注意すべき点を伺ったところ「今迄の稽古で実力はあるから、いつも通りやればいい」というのが答えでした。1回目、いつも通り立合い、何本か当たりましたが不合格でした。その日、2次審査を見学し、研究しました。合格者と自分の違いを分析し、一つ一つ見直してみました。
合格した年の平成9年、NHKで『心で闘う120秒』という番組が放映されました。主席師範を通じて、私に出演依頼が来ましたが「落ちるだけでも嫌なのにそれが放映されるのは…」と思い、お断りしました。その後、2度目の要請も断りましたが、3度目の依頼があった時、或る先生の「人に物事を3回頼まれたら、一度立ち止まって考えろ」という教えを思い出し、剣道界のためになるならと思い、出演することにしました。
稽古風景の撮影が始まりましたが、カメラの前で上手く立合いをしようとしている自分に気が付きました。審査に置き換えると、審査でいい所だけ出し、悪い所を出さずに合格しようとしていたということですね。
また、撮影後のビデオを見せて頂くと、先生と立合いをしている時と、特練生との立合いでは、気迫が明らかに違うのです。その時、無心で先生にお願いする気持ちで、審査に臨めばいいのだと気が付きました。その結果、合格しました。審査では合否を考えず、自分のすべてを出し切りました。それまでの審査では、額に少し汗をかく程度でしたが、合格した時は、大汗をかき、息も上がっていました。取材を断っていたら、今も合格していないかもしれません。
篠原
番組では「打突力」という言葉が出ています。
石田
1回目の不合格の時、合格者との違いを感じたのが「打突力」の違いでした。気・剣・体の一致した打突は、出そうとして出るものではないと感じました。できないのは慣れてないからで、慣れればいいと思い、毎朝、勤務先の体育館で人形に向かい、数限りなく打ち込みを行い、打突力をつける稽古をしました。
他にも、構えや攻め方など、稽古で工夫して自分の剣道を変えていきました。
篠原
女性へのアドバイスがあればお願いします。
石田
沖縄で行われた六段審査に行った時に感じたことです。その審査では、女性剣士が多く六段に合格されました。正しい構えから鋭い振りなど素晴らしく、そのまま七段でも通用する様な方もおられました。
女性にはもっと強くなって欲しいと思います。強くなるため稽古をすることは勿論ですが、打った・打たれたにあまりこだわらず、基本のレベルを高めることが強くなる一番の近道だと思います。凛とした構えから、理合にかなった冴えのある捨てきった打突。それを目指して稽古に励んで頂きたいと思います。
少子化の時代、剣道発展のためには女性剣士の実力向上がより必要だと思います。
篠原
高齢の方にはどうでしょうか。
石田
大阪でマスターズ大会があった時のことです。生涯剣道を実践する方々だけではなく、居合道・杖道の方も出場されました。私も稽古に参加しました。
その時、或る高齢の方へ、私個人の意見として申し上げたのは「基礎体力を維持する努力が大切」ということです。足腰の強化は剣道の稽古だけでは不十分ですので、ジョギングやウォーキングなど、怪我をしない程度に継続してやることが必要だと思います。また、年齢にあまり影響されない、素振り、冴えに必要な手の内は非常に大事なものですので、併せて修錬が必要だと思います。
それから、私自身若い時、監督の先生に少林寺拳法の指導を受けました。その当時は疑問に思っていたのですが、後になって、前突きが腰の入った構えに通じることに気が付きました。私は、剣道が一番ですが、ボクシング・フェンシング・テニス・卓球など、他に多くのスポーツをやってきました。どれも剣道とは直接関係無さそうですが、どこかで剣道に繋がっていると思います。
縁あって始められた剣道だと思いますが、高齢になっても目標を持ち、剣道を続けることにより健康を維持できると共に、多くの剣友と幸せを分かち合えると思います。
私の経験・考え方の一部でも、皆様のお役に立てれば幸いです。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。