図書
段位審査に向けて
第5回 濱﨑 滿範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第5回目として、指導育成委員会の濱﨑 滿委員長にお話を伺います。
濱﨑 滿委員長(以下濱﨑)
剣道は、段を取得することだけが目的ではありませんが、私が今まで多くの先生方にご指導頂いたことをお話しさせて頂きます。
審査は、限られた時間内で今まで修錬した自分の剣道を表現する場であります。普段の正しい稽古の積み重ねが大事だと思います。
私が八段を受審する時、或る先生から「審査員の先生方全員から『可』を貰えるような稽古を、普段から心掛けてやりなさい」と言われたことがありました。平素の充実した稽古と、審査前の事前の準備がしっかり出来ていれば、それだけ落ち着いて審査に臨めるものです。
篠原
最初に、打突の際の「姿勢」についてお願いします。
濱﨑
姿勢は、「姿」と「勢い」であり、「姿」は外形で、構えた時の正しい姿でありますし「勢い」は丹田呼吸によって全身が躍動し、漲る活力であると思います。
剣道では、よい姿勢が自然体であり、構えた時の理想の姿であると思います。正しい姿勢から正しい打突が生まれます。上半身に力みがなく下半身はいつでも打突できる緊張している状態です。
篠原
中心軸が立った状態ですね。
濱﨑
姿勢については、宮本武蔵の『五輪書・水の巻』にも詳しく述べられていますので参考にして頂きたいと思います。
例えば、京都大会の立合いにおいても、構えた時の立ち姿が、美しい先生を拝見されたことがあると思いますが、前姿だけでなく後姿までも美しく感じられたことでしょう。普段の稽古から正しい構えを心掛け、立派な姿勢を審査員の先生方に見て頂きましょう。
篠原
それでは、次に「攻め」についてお願いします。
濱﨑
剣道の教えに「剣道は攻めて崩して理で打つ」とありますが、攻めには気で攻め、剣先で攻め、体での攻めがあります。
よく審査で拝見しますが、蹲踞から立ち上がり相手と対峙した時の姿は立派ですが、気の攻めや剣先の攻防が省かれ、攻めとしての味わいと妙味に欠け、相手に隙が無い所を打ち込んで、墓穴を掘っている受審者も多く見受けられます。
篠原
どうしても、相手を使い切れていないままで打ち込んでしまうわけですね。
濱﨑
攻めは、相手に迷いが生じ、相手の心が動揺し、脅威を感じさせることだと思います。相手の機先を制して打突の機会を作ることではないでしょうか。そこに隙が生じた時、打ち切った打突が審査員の心を打つと思います。
篠原
それが、いわゆる「打突した時に響く打ち方」に繋がってくるのですね?
濱﨑
剣道で、人の稽古を見て、冴えのある打ちをされる方を拝見しますが、審査では審査員の心を打ち、試合においては観衆に感動を与えることは言うまでもありません。
手の内は、竹刀を操作する掌中の作用であり、両手首や両手の指を効率的に使う働きのことであります。冴えは無理無駄がなく、瞬間的に強さと鋭さが打突に発揮される状態です。誰もが冴えた技を、審査で打ちたいものです。普段の稽古においても、素振り・切り返し・打ち込み稽古・基本稽古等を取り入れて励んで頂きたいと思います。
打突については、剣道では「実を避けて虚を打て」と教えています。この教えは呼吸にも密接に関係があり、呼気は実で、吸気は虚であり、隙になります。ですから剣道では「実」で「虚」を打つことです。
私は恩師に「剣道は呼吸の乱し競べ」と教えて頂きました。確かに呼吸が乱れれば、構えが乱れ、心が乱れ、そこに隙が生じて打たれる場合があります。心身の統一を図るのに、静座で呼吸や姿勢を整えることも大切なことだと思います。次に、有効打突については、審判規則でもご存知の通りで、平素の稽古から気の充実を図り「気・剣・体」一致を求めて励んで頂きたいと思います。
剣道の書籍で、打突の理想の姿を「露の位」「石火の機」「梵鐘の位」で表現しています。
「露の位」では、木の葉に落ちた水滴が凝集し、機が満ちてポタリと落ちるような状態で、打突の前には気力を充実させ、機の熟すまで溜め、「石火の機」では、火打石を打った瞬間、火花が発するように間髪を入れずに打突し、「梵鐘の位」では、打突後は梵鐘を打った時、余韻を残す残心である、と教えています。
篠原
最後になりますが、高齢者や女性が、審査に臨むにあたり、気を付けるべきことを教えてください。
濱﨑
審査に臨むにあたっては、私が先生方からご指導頂いたことをいくつか述べさせて頂きます。
まず受審資格が出来てからではなく、長期的に目標を立てて臨む覚悟が必要だと言われました。資格が出来たからといって、稽古もあまりせず受審するのではなく、普段の正しい稽古の積み重ねが大事です。
冒頭にも述べましたが、審査員の先生方全員から可を貰えるような稽古とは、初段から今までの段の積み重ねであり、素直な気持ちで工夫研究を怠らず、稽古に励んで頂きたいと思います。
技術面や精神面においても、無駄打ちを無くし、初太刀一本にかける稽古を心掛けること、当てる剣道から打ち切る剣道を目指すこと、基本に沿った剣道を常に心掛けること等を教えて頂きました。
このことは、高齢者の方や女性の方も審査に臨む心構えは同じです。高齢になれば確かに体力は低下しますが、工夫や努力を重ね、その年齢に応じた味わいのある剣道が表現できると思います。
剣道は相手を敬い、誠を尽くし「打って反省、打たれて」感謝です。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。