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段位審査に向けて
第6回 田原 弘徳範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第6回目として、関東管区警察学校名誉師範の田原弘徳範士にお話を伺います。
田原 弘徳範士(以下田原)
八段の審査に20年以上に渡って携わってきました。毎年2回実施されてきましたが、毎回その合格者数は、受験者の数に対して大変少ないと受け取られています。
しかし、八段審査に限らず剣道の審査は、級から八段まで「合格者のパーセンテージ」を定めたり、求めたりしていません。『称号・段級位審査規則および細則』に沿って公平に行われ「審査の付与基準」の「第15条」に適えば「合格」という事で「門戸を大きく開いた審査会である」と私は思います。また、級から最高位八段まで実技審査を行うという、これは他道・他種目にはない素晴らしい事だと思います。
級から段位が上がるに従い、その合格率は低くなっています。これは、伝統文化としての「日本剣道」の正しい発展を願う自然の成り行きだと思います。「剣道を正しく伝承する」という責任が昇段の一段ごとに重くなってくる、高段者になるに従って自然と暗黙の裡に課せられる。つまり、後進の指導的立場になるという事です。
特に、剣道の最高段位である「八段」は「日本剣道の伝統と文化」として培われて今日にある剣道を「正しく・より良いものとして後進に伝承する」これを任せられる者を選ぶという見方にも取れると思います。
この様な大きな責任を背負うのが《八段だ!》だという強い誇りと、意気込みと、覚悟を持って日頃の稽古に精進すれば必ずや良き結果に結びつくと思います。
篠原
永年審査員をされてきた印象は如何ですか。
田原
蹲踞して立ち上がり、立ち姿の良い人は結構います。稽古着・袴・剣道具も素晴らしく気合も入っている。ただ、一歩動くと崩れてしまう人が多く見られます。剣道ではその「立ち姿」は最も大事な事です。
相手を打突して勝ちを制するには、身体の四方八方どの方向にも自由自在に変化できる、いわゆる「構」が大切です。「立姿」は立派でもその本体(構)の中身が抜けているよう感じます。ただ、立っている、意識的に作っている、などです。最初の段階ではこれでも良いですが、審査の時だけの付け焼刃的な立ち姿になってしまいがちであり、練っていない姿と感じます。従って、一歩攻め合いになると崩れてしまいます。
私は、次の点を日々師匠に特に厳しく指導受けました。
1 立ち上がって「構えたら、左足の《ヒカガミ》を曲げるな」
2 構えにおいては「自分の見えない《後ろ姿》を気にしながら構えよ」
持田盛二先生は無論、阿部三郎先生・森島健男先生・佐藤博信先生等は綺麗であったと、今でも脳裏に残ってます。
この2点を心掛けることにより「構え」に気位が現れます。すると特に腰が入り、上半身の力も抜け、動き易くなり、構えが身に付いたと感じるはずです。
更に、常に心することは、「腰」を中心とした動き・体の運用・体捌きを心掛ける事です。大切な事は、『腰骨を立てる』という事です。日常生活でも実践できますので、是非、「腰骨を立てて」稽古以外でも日頃の活動を行って頂きたいと思います。健康の基でもあります。
篠原
攻めて崩す、相手を遣うという点についてお伺いできますか。
田原
剣道で一番に心する事は『攻めて・崩して・捨身(相打ち)』と教わりましたし、言われて来ました。そもそも剣道は、相手との攻防を争うものです。全ての技を出す時は「攻めて」技を施す事で、その効果は生まれます。返し技・応じ技・抜き技・切り落しも「攻め」があってこそです。相手を打突する手段としての「攻め」です。中倉 清範士から「隙があったら打つ、隙が無かったら隙を作る努力を」と教わりました。
また「間合による攻め」というのもあります。「間合」は剣道では極めて重要です。自分の間合を有利に取るには、常に「先の気」で「攻め」て「相手の構えを崩し」稽古の主導権を取る事です。間合による攻めは、攻めにおいて相手の構えを不安にさせる事が出来ます。
「剣先の語り合い」も大事です。相対して剣先が利いているとか、剣先が生きているとか言われるのは、間合における「攻め」が利いているからと言えます。当然、これらの「攻め」に向かうには『充実した気力と気勢』が最も大切です。この様な気力を持って「攻める」事によって、相手は苦しくなって自ら「崩れて」いきます。
攻めて我慢、攻めて我慢、更に攻め通すと相手は苦しくなって動きます。ここが打突する所です。先の気から生ずる「攻め」の気、これに対して「相手が何も出来ない」この状態に陥れた稽古を「相手を遣う」と表現していると思います。
また、これら「攻め」の効果を生かすのは何よりも「意識的な打突」を排し、気力一杯の「無心の中から」思わず「出る一本」、これを求めて下さい。
稽古は相手との一所懸命の成り比べです。元立ちが10なら掛手は20の力で、元立ちが20なら掛手は40の力を出してこそ技が通じるものです。八段の審査時間は2分です。2分間「対する相手より一所懸命」になる事です。
打とう、打とうと、相手に隙も無いのに自分勝手に打ちに出るような雑念が生じたら、気合を掛け直します。雑念を排する意を以って「気合」を掛け直して「無」を求める、そして再出発です。日頃の稽古で「無」を求める稽古をお勧めします。
篠原
高齢者や女性に向けて伝えたい事があればお願いします。
田原
受審者は年齢・男女の違いはありますが、資格・経験に大きな差は無く、同じような修行を経ておられます。剣道は、視覚競技です。竹刀という「媒介物」を介して、捌き有り、抜き有り、応じ有りと体力に勝る「技」があります。あなた自身が修行された、あなた自身の「技」を駆使して、自信を持って審査に臨んで下さい。
今年5月京都で、恒例の「審査員研修会」において、異例とも言える「審査の着眼点について」「認識の共有点」についての研修が実施されました。狙いは受審者の皆さんを対象にしていますが、特に「高齢者・女性の技術的力量をどう評価するか」について、審査員相互間と全剣連運営側との認識を共有する事を改めて確認する、というものです。
日頃熱心に修行しておられる方々「高齢者・女性剣士」に対しての全剣連幹部の皆さんへの暖かい心遣いを感じました。高齢者の皆さん・女性剣士の皆さん、この配慮に応えるべく頑張って頂きたいと思います。
これに応えるために私のお願いですが、「柳生流」の極意と言われる『三磨の位』の教え—「良い師を求めよ・しっかり稽古せよ・工夫せよ」をもう一度思い直し、稽古に励んで下さい。
●「良き師」年上の大先生だけが「師」ではありません。武蔵の《我以外皆師なり》です。友、仲間に自身の稽古を見てもらい、語り合い、稽古を省みることです。
●稽古は楽しくですが、ただ打った・打たれただけではなく、昇段を目指すからには価値ある稽古です。気の抜けた稽古は、マイナス面が大いにあります。稽古をやって下手になる、これが剣道です。
●工夫して稽古して下さい。
更に求めたい事は「基本に帰る」事です。
第一は、「素振り」、「切り返し」の実施。切り返しで「鍛錬」して下さい。「鍛」は鍛えるです。剣道で悪癖を除去してくれるのは「切り返し」です。
併せて日頃から、『日本剣道形』『木刀による剣道基本技稽古法』を大いに実施し、学んで下さい。多用の中にも「剣道と縁を切らない事」—この気持ちの継続こそ合格に結びつきます。皆さんのご健闘を祈念します。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。