図書
段位審査に向けて
第7回 豊村 東盛範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第7回目として、一般財団法人全日本剣道道場連盟専務理事、全剣連試合・審判委員会委員の豊村東盛範士にお話を伺います。
豊村東盛範士(以下豊村)
このインタビュー企画に果たして私が相応しいのか躊躇しましたが、少しでも皆さんのお役に立てるのであれば…と思い、取材をお受けすることとしました。
篠原
ありがとうございます。最初に「攻め」て「崩す」という点についてお話し頂ければと思います。剣道を続けておられる方は何度も耳にしている言葉であり、皆さんそれぞれ一定の理解はされていることだと思いますが、やはり、永遠の課題とも言えます。
豊村
剣道は相対する二人で実践するもので、相手によって、年齢・技・体力・体格・性格等の違いがあります。従って、「攻め」について〝これならば良い〟と一概に言い切れるものではないと考えます。よく言われる三殺法の「竹刀を殺す」「技を殺す」「気を殺す」ということは大事なことですが、三つを別々に考えたり、捉われ過ぎたり、意識し過ぎたりすると自分の方が固くなり、折角の「攻め」が成功し難くなると感じてます。
無心と言いますか「打たれても良い」という覚悟で立ち上がり、攻め過ぎることなく、腹を据え、落ち着いた雰囲気を見せることが相手に動揺を与えることにも繋がると考えてます。
また、日頃「縁を切らない稽古」をすることが大切です。打っても打たれた後も、相手に身構え・気構えを示し、縁を切らないことが残心になると同時に、それが次の体・気持ちの準備に繋がります。「残心を示す」、「縁を切らない」という厳しい稽古を続けることによって、相手より先に準備ができ「攻め」に繋がります。
私の尊敬するお一人である岡山の石原忠美九段に「剣を殺すにはどうしたら良いのでしょうか?」とお聞きしたところ「剣先はもたれさせる位が丁度良い」というお言葉を頂いたのが非常に心に残っています。私自身、柔らかく相手の竹刀に纏わり付くような攻めを心掛けてきました。
篠原
竹刀の重みを相手の竹刀に乗せる、ということと同じような意味でしょうか?
豊村
そうです。竹刀の重みを感じられているということは、柔らかく竹刀を持っていないとできません。相手の竹刀を殺し過ぎると強く握ることとなり、一端緩めないと打突に繋がりません。
また、審査では打ち切ることが大事だと思います。固くなっていては打ちきれないと思います。気力を強く持てば持つほど、身体はリラックスしないといけないと思っています。他のスポーツでも言われていることですが、力んでいてはパワーは生まれません。
この柔らかさは、相手と離れた遠間の状態ではできても、間合が詰まった危険な状態で維持できるかは稽古に掛っていると思います。
それから、冴えた技・無駄の無い動きを身につける為には、竹刀の鎬を遣うことも重要です。鎬の使い方を研究することは攻めの研究にも繋がると思います。
篠原
「中心軸」に関してお話し頂けますか。
豊村
剣先を中心に置くことは大事なことですが、稽古の段階として、相手に攻められたり、脅されたりした時、簡単に剣先が中心から外れる人は、中心を取っているとは言えません。私は、剣先は精神的に中心にあれば良く、竹刀をもたれさせること自体が、結果として中心にあることになると考えています。
また、完全な一本を目指すためには「先・断・残」の順で打突することが大事です。「先の気」と「一刀両断の信念」と「残心の心構え」が伴って一本になるので、先の気が無く、ただ打つだけではスピードとパワーに頼った打突になりかねません。
篠原
「響く打ち方」については如何ですか。
豊村
先程の「先・断・残」の中に含まれていると思います。
例えば、攻めの途中で相手が不用意に出てきたら応じ技で応じ、一足一刀まで入り、相手が何らかの反応をし崩れた時は、リラックスし打ち切れば響く打ちになるのではないかと思います。
捨て切るというのは難しいですが、後のことを考えず、打つことにエネルギーを全て使い、自然な残心の姿になることが理想ですね。「先・断・残」の順序を踏まえた打ちが「響く打ち」に繋がり、柔らかい打ちから鋭い冴えに変化させることになると思います。
篠原
やはり日頃からそういうことを意識した稽古が大事だということですね。
豊村
先達の専門家の大先生方の稽古を拝見していると、危険な状態の中にあっても平然として、心も体も柔らかく見えます。パワー・スピードに優れた若い人との稽古を見ていても、目で見えたことを一端脳で処理して対応しているというよりは、目で見えたことに手が自然に直接反応して対応されているように感じます。理論的なことばかりでなく稽古で身に付けられたものだと思います。
篠原
稽古の方法に関して何かあればお話しください。
豊村
特に、スピード・パワーのある若い人は、とことん「切り返し・打ち込み・掛り稽古」を繰り返すことが大事で、それにより無駄な力が抜け、良い打ちを身につけることができると思います。
高齢の方は中々そういう稽古は出来ません。例えば、切り返しでも単に力一杯打つのではなく、意識して柔らかく左右に打ち下ろしたり、また、どこまで振り上げるか等いろいろ試して、自分の良い打ちに繋がるよう工夫をされると良いと思います。
現在、コロナ禍で十分な稽古が出来ない状況ですので、私は仲間達と、打ち込み台相手に稽古をしました。単に打ち込むのではなく、左足の使い方や入り方等を工夫してやっています。
篠原
話は変わりますが、体の移動や体重の掛け方などについてお話しください。
豊村
雑誌の記事だったと思いますが、ボリショイバレー団の監督の話に「白樺の木のように真っ直ぐ立つことが全ての基本である」とありました。私も真っ直ぐ立つことを意識しています。左右のどちらにも偏らない自然体で、前後・左右に動いても体がぶれないように、前に出るときは左足で押し、下がる時は右足で押すようにしています。高段位を受験される方、また高齢になっても剣道を続けていくためには、「上虚下実」の肩の力を抜いた腰での移動を心掛けることが大事だと思います。
篠原
女性・高齢者の方が注意することがありますか?
豊村
審査の直前には少し稽古の仕方について考えて頂きたいですね。稽古の回数を増やすというより、一回一回の稽古で審査を意識した短めの時間―例えば3分間等にして集中して行う。それと疲労が蓄積すると力が発揮できませんから、稽古を控えて積極的に体を休める勇気も時には必要かと思います。
私の関係する2つの道場では、女子七段が16名程おります。女性はスピード・パワーにおいてどうしても不利な点がありますので、打ち間でどう勝負するかが大事です。自分から打ち出すというより、打たれるギリギリのところでの出頭や応じ技等を研究されると良いと思います。また、男女に係わらず40歳以降に剣道を始められた人もいらっしゃいますし、90歳で七段合格された人もおられます。指導に当たっては、技術的にその人のレベル・持ち味を大事にするように心掛けています。
情報が多すぎると、自分の剣道が見えなくなります。人それぞれ体格・性格・年齢も違いますので、自分の特徴・短所等を考え、自分の剣道には何が必要かということを、自分で掴むのが大事だと思います。其々の課題について自分なりに工夫しながら纏めて、稽古を続けて頂きたいですね。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。