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段位審査に向けて
第10回 谷 勝彦範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第10回目として、社会体育指導員委員会委員長の谷 勝彦範士にお話を伺います。
谷 勝彦範士(以下谷)
私は六・七段審査員の経験はありますが、八段審査に関しては会場に行き審査の様子を見たりはしますが、審査員の経験はありませんので、審査一般に関し、私なりに気が付いた点についてお話ししたいと思います。
また、長年に渡り高校で教員として生徒に剣道を教え、現在は大学剣道部や社会体育指導員養成にかかわっておりますので、そういう面でもお話ししたいと思います。
「風格」「品位」は、その方の長年の修錬の結果として滲み出てくるものと思いますが、やはり見た目(姿・形)は大事です。私の卒業した筑波大学は、歴史的にも剣道の指導者を育成する大学でしたので、剣道に関する説明は勿論、他の人に見られても恥ずかしくないよう、剣道着・袴・剣道具の着装については厳しく指導を受けました。先日の七段審査では高齢者の会場の審査員でしたが、残念ながら着装の乱れがある方が何名かいました。立合い以前の問題ですので、自分で上手く出来なくても、近くにいる方に確認して直してもらえればと思います。竹刀は新しくなくても構いませんが、中結が緩んだり、柄が伸びきったりしたものではなく、きちんとした竹刀で立合って頂きたいと思います。
稽古環境は人それぞれですが、やはり高段位を受審するのであれば独学ではなく、先生や稽古仲間に要領を聞いたり、立合いを見てもらったりすることは重要だと思います。
篠原
自分ではそれなりにできていると思っても、他の人からはそうは見えないことはありますね。
谷
高段者には指導者としての役割がありますので、着装や竹刀の状態は、いつ人に見られても良いように心掛けておくべきと思います。剣道に限らず物事には、「やってみないと解らない事」と「やれる事(できる事)」があります。礼法・着装や竹刀の手入れは「やれる事」です。立合いにおいては、例えば面が当たるか否かは、「やってみないと解らない事」ですが、正しい姿勢で面を正しく打突することは「やれる事」に当たります。
篠原
その為に普段の稽古で心掛けるべきことは何ですか?
谷
剣道では、「攻め」が大事だとよく言われます。
私は、その前に「狙う」があり、自分が何をしようとしているか—面なのか小手なのか、または、すり上げ技なのか返し技なのか—いろいろ狙いが重要であると思います。その狙いに従って、表から攻めたり、上から乗ったりして、相手の隙をつくる「攻め」に繋げます。「攻め」の結果として「機会」が生まれますが、機会を得るまでの「溜め」から「捨て」への移行や、その後の「残心」も重要であり、身構え・気構えにより「繋ぐ」ことにより、また次の「狙う」へと展開していきます。
審査の立合いの際は、2分または1分30秒の間、この流れを切らない様にします。また、技が決まるか否かの前に、「捨てきった打ち」が出来たか否かを意識する事も重要です。
篠原
「捨てきった打ち」はなかなか難しいです。
谷
高校生・大学生を見ていると、一流の選手は別ですが、捨てきってない人も見受けられます。打たれないように打つとか、打たさないように打つとかではなく、覚悟を持って打ちに行けるか否かです。
試合は上手くても、審査では評価され難い人がいます。自分を崩して打ちに行くのではなく、相手が崩れた所を打つことを学んでほしいと思っています。打たれることによって学び、そこを乗り越えていかないと、若い時勝負強いと言われても、その後の成長に結びつきません。
篠原
試合と審査の違いもあるのではないですか?
谷
そういう面も否めませんが、基本稽古を大事にすることは共通します。基本稽古でできるのであれば、その打ちを立合いの時に出せばいいのです。修錬を重ねた人と相対した時でも、全くぶれずに機会を捉え、基本で学んだ通りの打ちが出せれば、見ている人の心に響きます。当てようとか打たれまいとすると、自分が崩れてしまい位が下がる。その心の乱れが審査員の先生方の目にも映るのだと思います。
「一刀は万刀に化し、万刀は一刀に帰す」の言葉があるように、基本に始まり、最後は基本に戻るのです。
篠原
剣道は試合だけではないですね。
谷
攻めて崩して、機会を捉えて正しく打突する。これが大事です。試合のテクニックもあるかもしれませんが、大会で勝つ選手は一握りです。私自身、若い頃の戦績は決して顕著ではありませんが、50歳を過ぎてから勝てるようになりました。「剣道を正しく」教えることを心掛け続けてきたのが良かったと思っています。
社会体育指導員もチャンピオンを育てる指導がねらいではありません。「剣道を正しく」教えることができ、例え試合に負けても、内容が良ければその剣道を誉めてやれる指導者になって頂きたい。「剣道を正しく」とは「正しく学ぶ」ことでもあると思っています。
篠原
高齢者や女性の方が気をつけることは何ですか?
谷
若い人と比べるとスピード・パワーが落ち、手数の多い稽古はできません。「やれる事」は「機会」の問題です。技の基本を身に付け、変化(応用)し、また基本に戻る。
スピードがなくても、相手がハッとしたところを打つような場面を見ると、稽古を積んだ後が窺えます。すりあげ技、返し技などは習った先生によって多少の差はあるでしょうが、正しく稽古しているか、どこまで錬れているか、基本が染み込んでいるかは、その方の稽古の仕方と量に掛かっています。それが枯れた剣道に繋がると思います。
篠原
打つべき機会についてお話し下さい。
谷
相対した時に「攻め」のやり取りをしますが、打つべき機会は「出頭」「居つき」「受けたところ」「下がったところ」「技の尽きたところ」等ありますが、審査ではお互いに攻め合っていますので、「出頭」と「居つき」が主な機会になります。
1月号のこの記事で、西川清紀先生も言われていますが、触刃から一足一刀の打ち間に入る、そこまでに崩すことができれば一番良いのですが、中々そうはいきません。そこからさらに右足を4〜5寸送り出しながら、踏み込むまでが「攻め」となり、同時に左足の踵を上げながら、腰を送り出すよう前に移動させ、打突の「機会」を捉えます。
若い時、疑問に思って恩師に「右足を半歩出しても、相手が動じないと足が床に付いてしまいます」と問うと、恩師は「それが居つきになる」とお答えになりました。居つかないように右足を遣う「それが溜めと機会だ」とも言われ、その間に相手が出てくるか、居つくかを見極めるのは勘であり、稽古で精度を上げるしかないと言われました。
私は例え話として、このような攻めや溜めが、4回の内1回でも出来れば六段、2回出来れば七段、4回の内3回の確率で出来れば八段、つまり機会が読めるようになっているということだと話します。
攻めは勿論のこと、間合の問題と、打ち間に入った後の右足・左足の使い方と、溜めと機会について理解し、稽古して頂きたいと思います。
篠原
社会体育指導員についてお話し下さい。
谷
初級から上級までの3段階ありますが、まず「初級」を是非受講して頂きたい。「中級」をお持ちの方は「上級」を受講して頂きたい。剣道に関する基本知識を、多方面に渡り身に付けられるばかりではなく、八段や範士の先生方から直接話を聞ける良い機会です。
また、皆さんが指導者として活動する場合でも、自信を持って指導することができると思います。是非よろしくお願いします。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。