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段位審査に向けて
第11回 東 良美範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第11回目として、指導育成委員会選手強化本部委員の東 良美範士にお話を伺います。
東 良美範士(以下東)
このインタビュー記事は非常に参考になるお話しが多く、大事だと感じた所は手書きで写しています。本日は私がこれまで諸先生方に教えて頂いたこと、自分の失敗したことや実践してきたことをお話ししたいと思います。
第一に剣道は日本の伝統文化であり、それを伝承するという役割が私達にあるということです。私は稽古に臨むに当たって、稽古着・袴・剣道具を身に着け、手拭いを巻き、面を着ける一連の行為は自分の覚悟を決める儀式と捉えています。
『五輪書』に「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす」という「朝鍛夕錬」という言葉があります。3年稽古すると「鍛」、30年稽古すると「錬」ということになりますから、30年稽古すると七段合格が必ず見えてくるでしょう。
篠原
長年の稽古の積み重ねにより「理合」「風格」「品位」というものが身に着くということですね。
東
剣道に限らないと思います。例えば、先日引退した白鵬は、14年以上も横綱を張れた秘訣として、すり足、四股やテッポウといった相撲古来の鍛錬法を大事にしていたという記事を読んだことがあります。剣道も基礎・基本を大切に学び体得することが大事であると思います。
篠原
やはり基本が大事ですね。
東
佐藤忠三範士は「素振り一生」と言われています。基礎基本が大事です。
第一は、竹刀の正しい持ち方を含めた構えです。「一眼二足三胆四力」と言われますが、一眼でいう上丹田(眉の間)や中丹田(水月)・臍下丹田の軸がぶれない基本姿勢ですね。
第二に足構えです。足構えができることによって、上体がリラックスした素振りができます。素振りは、「大強速軽」といわれるように大きく振りかぶり、強く正しく打ったり、小さく速く振ることで手の内ができ、冴えのある素振りができるようになります。
若い時、高段者になれば「刃引き」で素振りをすべきと指導を受けました。それ以来、木刀・竹刀に加え「刃引き」による素振りを続けています。重いもの(木刀)のを軽く、軽いもの(竹刀)を重く振り、また刃引きで切っ先が走る素振りを心掛けています。
自分自身と闘う為、鏡と向き合い、真っ直ぐ振れているか、足の方向が正面を向いているか、左足の引き付けが撞木足になっていないか、次に、左斜めから鏡を見て、振り下ろした時の左手の収まり方(水月の位置)、右手が平行になっているか、切っ先の位置等を確認しています。
また、無理なく無駄のない打ちを身に付けるため、呼吸法を意識して、息を吐き切るように素振りしています。私が剣道を続けてきて嬉しいのは、試合に勝つこと、昇段することは勿論ですが、剣道をよく知らない人から、姿勢(特に後ろ姿)を褒められるのが一番嬉しかったです。
篠原
「攻めて崩す」「相手を動かす」ということをよく聞きます。
東
「実」を避けて「虚」を打てと教わりました。「虚」とは隙であり、隙とは気力が抜け、心の自由な作用がかけ、身が縮んで萎縮している状態をいい、打突する機会です。「実」とは体に気力がこもり、いかなる出来事にも対応の出来る状態をいい、打突を避けなければならない時です。
また、若い時は、「殺人刀」というか、勝つことが大事で「先」の技中心の剣道でした。六段を取得してからは、「活人剣」という「先々の先」を心掛け、相手を活かして(使って)攻め勝つことを意識し稽古しています。その稽古を通じてやはり基本が大事であることを再認識しています。
柳生新陰流の活人剣の極意「先々の先」の気持ちの持ち方としての記述には「自分の方が主導権を握っているという気持ちで、働きも自分の方が「先」に出ている。自分の方から仕掛けて相手が働かざるを得ない状況を作らせる。迎える時、相手がどういう意図を持っているかをこちら側はしっかり知っている状態。それには技がなければならず、平素から技の修錬が大事。主導権を取るためには相手に対峙した時、相手に左右されない位を持っていなければ、向こうが主導権を取ってしまう」というものがあります。
篠原
日頃の稽古法についてお話し下さい。
東
相対した時、遠間に構え合い、自ら交刃から一足一刀の間合に入ったら技を出し、相手が入ってきても技を出し、相手が技を出してきたら、それに負けないようにまた打ち返すというように攻防に終始することが大事です。遠間に攻め合い、機会を作り、間合に入ったら捨てきって技を出すわけですから、間合に入る前の攻め合いが非常に大事になってきます。
剣先で相手の手元を攻めて、相手が動かざるを得ない状態を作り、そこで溜めて打つことを稽古で身につけて頂きたい。子供や自分より少し格下の人と稽古することでその理合が見えてくることもあると思います。
また、掛かり稽古も大切です。掛かり手の稽古になるだけではなく、元立ちにとっても良い稽古になります。元立ちは、間合が近かったら萎す、さばく、すり上げる、体当たりに怯んだらその出頭を打つなど、元立ちとしての役割をすることにより「先々の先」の位を身に付けるのに役立つと思います。
篠原
稽古ではできていても、審査の立合いでそれを出すのは難しいですね。
東
私は八段受審の1回目は剣道用具を新調し、準備万端で臨みましたが不合格でした。第一会場の101Aで審査が始まり、いつの間にか近間まで入ってしまっていました。負けたくない、打たれたくない…驚懼疑惑の心だったと反省しました。その日、第二次審査を審査員の目で見て勉強しました。合格者は平常心で、打つべき機会まで溜めて面を打ち切っていました。
その後、合格した時の二次審査では、相手の突き垂れが少し遠く感じたので、胸突きから攻め、面を打ち切りました。強い気持ちで攻めたのを評価して頂いたと思っています。
篠原
高齢者や女性の稽古法についてお話しください。
東
持田盛二先生遺訓の中に「剣道の基礎を体で覚えるのに50年かかった。60歳になると足腰が弱くなる、その弱さを補うのは心である。70歳になると身体全体が弱くなる、心を動かさない修行をした。80歳になると心は動かなくなった」とあります。
年齢、個人の体格差により間合が違うので、自分の間合まで踊らない、崩れない、手元上げない 顔をつっこまないなど姿勢を崩さないことを心掛けて頂きたい。呼吸法も大事です。無理なく無駄のない打突を研究して頂きたいと思います。
また、女性は剣道が柔らかく、相手をよく見ています。体格や体力差を補うものは十人十色だと思いますが、数多くの人と稽古することにより、相打ちでは打ち負けても出小手、返し技など理に叶った技の習得や、苦手な人の対処法が工夫研究できると思います。
それから、先生を慕う心は女性が優れており、先生から受けた教えを自分のものにする能力に長けているのではないでしょうか。昨年11月の愛知県の七段審査で80歳の郷田純子さん(鹿児島)が19回目で合格されました。その会場の審査員でしたので間近に拝見しましたが、下半身がしっかりした構えで良く稽古されている印象を受けました。郷田さんはこれからも地元・鹿児島県武道館の3階の剣道場まで剣道具を担いで上がれる間は稽古を続けるとのことですので、まさに生涯剣道の実践者として敬意を表したいと思います。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。