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段位審査に向けて
第12回 古川 和男範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第12回目として、指導育成委員会選手育成強化本部本部長の古川和男範士にお話を伺います。
古川 和男範士(以下古川)
剣道を言葉で説明する事は非常に難しいと常々感じています。
私の若い頃経験した事や、日頃の指導で大事だと感じている事を、お話しできればと思います。
第一は基本が大事だという事です。その為には、いい先生の真似をする事だと思います。最近は、DVDやユーチューブなどでも動画を簡単に見る事ができます。
篠原
基本の中で、先生が大事にされている事は何ですか。
古川
私は面技を得意とし、今でもその稽古を続けています。
25歳の時「世界剣道選手権大会」直前の稽古会の経験で、私の剣道は変わりました。警視庁の大野裕治先生と私の稽古を見ていた西山泰弘コーチから「面を打つ時に左足を継いでいる」と指導を受けました。左足を継いでいるので一瞬出遅れ、大野先生に面を打たれていたのです。その後、左足を動かさないよう稽古し、さらに左足の運び方や、体重移動について研究した結果、私の剣道は進歩していったと自覚しています。
篠原
映像で先生の一足一刀からの面打ちを見させてもらいました。ご解説頂けますか?
古川
一足一刀の間合で、左足を継がず、右足と腰を前に出しながら一拍子で面に飛び込みます。その時、手は前に出さず、剣先は相手の咽喉部を攻め、一気に面を打ちます(腰の移動が大切です)。そのために、素振りは足運びを大きく素早く、竹刀は相手より遅く振り上げ、相手より早く振り下ろす事を心掛けています。
篠原
攻めについては如何ですか。
古川
言葉で説明するのは難しいですが、私自身のやり方についてお話しします。
私は下からの攻めが多く、同じ動きの中から「表」と「裏」を使い分けているので、相手から見ると小手なのか、突きなのか、面なのか分からないとよく言われます。
また、その数センチから数ミリの間に、攻め・誘い・溜めがあり、崩し・居着きにつながると考えています。その間の相手の反応により、しかけ技・出ばな技・応じ技の使い分けを行います。その感覚は稽古で身に付ける以外にないと思います。合気にさせる気構えで攻めて、さらに一瞬の溜めが大事です。
篠原
具体的に指導に当たって留意している事がありますか。
古川
基本的には、相手の年齢・体力・技量に応じ、稽古のやり方を変えています。
例えば、高校生ですと1年生はまだ体ができていないので体当たりも軽くしていますが、2年生になると体当たりにも耐えられるようになり、3年生になると足・腰ができてきているので、体当たりをして崩しても、引き技が出せるようになります。
昔はまず切り返し、打ち込み稽古、そして一本勝負で、最後に掛かり稽古、切り返しでした。最近は、互角稽古が多くなり、稽古が優しくなってきていますが、やはり気をぶつける厳しい稽古により、足・腰が鍛錬され、打つべき機会を習得でき、上達するのではないかと思いますし、品格や風格ができていくものと考えます。
篠原
その他に留意している事があればお聞かせください。
古川
30歳後半に北海道で国体がありました。剣道には4名のアドバイザーの範士がおられました。その内のお一人の先生が実技指導をされ、面打ちや小手面打ちのお手本を示されました。素晴らしい技を目の当たりにし、感動した事を覚えております。
その時も左足の重要性を厳しく指導して頂きました。私も指導する時、言葉で説明した事を実際にやって見せるようにしています。
篠原
審査に臨むに当たっての心構えをお聞かせください。
古川
八段審査の3年前から礼法に取り組みました。警視庁の西山泰弘範士に一度指導受け、鏡を見ながら毎日繰り返し稽古しました。その後も、年に一度か二度見てもらいましたが、まだ「早い」「遅い」と指摘を受け、合格点を貰うまでに3年かかりました。品格のある礼法(立礼、竹刀を構えながら蹲踞、また蹲踞し竹刀を収め立ち上がり立礼)を身に付けるにも修錬が必要です。
また、打突の後の勢いも大事です。一次審査に何度も合格した方と稽古した事があり、打突の後の勢いが無いので、その事を指摘したところ、次の審査で八段合格されました。
篠原
日頃の稽古で大事にしている事は何ですか。
古川
やはり基本を大事にする事です。八段を受審する前ですが、勤めていた高校の道場に「持田盛二先生遺訓」を貼り、毎日読みました。基本を体で覚えるのに持田先生でさえ50年かかったのなら、私はそれ以上かかると考えました。
現在範士号を頂いていますが、今でも反省しながら日々の稽古に取り組んでいます。毎日の稽古に取り組む姿勢が大事であり、また生活と剣道は一体だと考えています。剣道の歴史についても勉強しました。取り組み姿勢が変わった気がします。
篠原
高齢者に向けて気を付けて欲しい点があればお話しください。
古川
講習会で気になる事ですが、面の正しい素振りの仕方を教わっても、9割の方は自分の素振りをそのまま行っています。気付きが無いと思います。また、着装・構え・足さばき等、自己流の方が多く見受けられます。やはり教わった事や自分の悪い点に気付いたら、それを修正する努力は必要です。
審査会場では、立合いの時間だけではなく、立合いが終わって審査会場を離れるまできちんとしている人は、合格の可能性は高くなると思います。品位のある立ち居振る舞いは、実技にも反映するのではないかと思います。
また、足・腰は大事です。私もコロナ禍で思うような稽古ができず、久しぶりに稽古したら以前のような動きができない事に気付き唖然としました。その後、毎日2時間歩くようにして、足を鍛え直しましたが、以前の状態に戻るのに1年かかりました。
篠原
女性の受審者に向けて助言願います。
古川
六段を20年受審し続けているご高齢の女性剣士がおられました。私はその方に「枯れた剣道」、「優しい剣道」を勧めました。
審査ではどうしても面を打ちたくなるのですが、男性と同時に面を打ち合っても、体力差で潰されるか、相打ちにしかなりませんので、返し胴の稽古をしてもらいました。男性の力の有る人なら、右足を斜め前に出して胴を打ちますが、その方には右足を真横、または、斜め右後ろに引いての胴打ちの稽古を指導したところ、最近合格されました。審査ではその胴が見事に決まり、さらに得意技の担ぎ小手を打てた、との報告を受けました。機会を捉えた技を評価して頂いたのだと思います。
相手のある事ですから、自分勝手な技は評価されませんので、機会を捉え、技の組合わせを考えた、質の高い枯れた剣道(しなやかさ)を目指して頂きたいと思います。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。