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段位審査に向けて
第15回 牧瀬 憲保範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第15回目として、称号・段位委員、福岡県剣道連盟副会長の牧瀬 憲保範士にお話を伺います。
まず「理合」、「風格」・「品位」についてお聞きします。
牧瀬 憲保範士(以下牧瀬)
剣道の段位審査の着眼点である「理合」、「風格」・「品位」を言葉で表現する事は難しいです。私自身完全に理解している訳ではありませんが、少しでも受審者のお役に立てばと思い、私が学んだ事や経験した事をお話したいと思います。
(1)「理合」の一般的な意味として、「理」とは筋道・道理、「合」とは一致する・調和するとの意で道理が一致する、或いは調和する事であります。「剣道の理合」とは理業一致の事で「理」とは剣理であり剣の理法であり、「業」とは技であり実態です。剣理と技が一致する事が、即ち剣道の理合です。
(2)「風格」の「風」は、その人の姿や人柄から発し、人の心を動かす要素で、その人の風貌や態度・言行等に表れた品格・人格にも関係し、その人の味わいや趣きです。「格」は身分や位がきちんとしている事です。高段者の風格は高段者として周りから見られているので気をつけたいところです。
(3)「品位」は、人や人柄について「人品」とか「品格」と言い、「位」は人がある位置にしっかり立つ様や、両足で地上にしっかり立つ様を表しており、「品位」とは人に自然に備わっている人格的価値と言えます。
六・七・八段の高段位に合格するためには、この三つの要素が備わっている事が必須で、これを体得するためには「日本剣道形」の修錬に尽きると思います。剣道形は理合の宝庫です。礼法を重んじ、所作・動作には重厚さがあり、稽古を重ねていく内に風格・品位が身につきます。また、剣技の悪癖は日本剣道形で是正する事ができます。
◎日本剣道形修錬の効果とは
篠原
「攻防の理」に適った稽古法についてお話しください。
牧瀬
「攻防の理」とは、正しい間合(一足一刀)で中心のとりあいから機会を捉え、有効打突を放つ事です。先をとるには三殺法、気・剣・体で攻める事が大切です。
次に、有効打突については、
(1)「充実した気勢、適正な姿勢をもって」とは、満々と膨らました気、勢いある気合で、基本通りの構えから正しい足の運用により、一足一刀の間合まで剣先で攻め、相手の気配を観ます。
(2)「竹刀の打突部で」とは、竹刀の物打ち(中結辺りから剣先にかけて)の事ですが、剣先に命をもう一つ入れる気持ちが大事です。
(3)「打突部位を」とは面部、小手部、胴部(左右)と突部の事です。
(4)「刃筋正しく」とは、竹刀の打突方向と刃部の向きが同一方向の場合で、竹刀の握り、手の内(掌中の作用)や手首の作用を有効に活用する事です。
(5)「打突し」とは、一拍子・整った体勢で、強さと冴えのある打突の事ですが、打つ事は切る事です。
(6)「残心あるもの」とは、打ちきった後の身構え、気構えです。
この一本の要件・要素を理解した上で、日本剣道形の効果(①礼法が身につく②正しい姿勢③相手の動きや気を読める④動作が機敏になる⑤技術上の悪癖が除かれる⑥間合に明るくなる⑦気合・気迫が充実し、理合が呑み込める⑧気品・風格が備わる)を念頭に稽古する事が大事です。
稽古に当たっては、この事を理解した人同士での稽古が望ましいですが、時には理解していない人と稽古になる時もあります。決して気を抜いたり、嫌な顔をせず、平常心で相対する事が大切です。
◎攻め気で剣先にもう一つの命を
篠原
攻めて崩す、相手を使うとよく言われます。
牧瀬
「攻め」とは相手が脅威を感ずるように仕向ける事です。
「一歩出て、攻めて打て」という指導者を見受けますが、「気」が伴わなければ攻めではなく、逆に自分から隙を作る事になります。「打つぞ」「突くぞ」の先の気が重要で、その攻め気が剣先にもう一つの命を入れる事に繋がります。
「四戒」が生じれば、果敢な技を出す事はできません。攻めの効果が生じた時、相手の気が浮いたり、手元が上がったり、居ついたりします。それが「崩し」であり、技を出す機会です。その時、間合は一足一刀か、気の溜めはできているか、相手より優位に立っているか等、万全の準備が必要です。
そして技を出したら捨てきる事が大事で「残心」に繋がります。これが、攻めて崩して乗って打ちきる事です。私が指導している道場には「身の捨て処」「気の溜め処」「恥を掻き処」という道場訓を掲げています。剣道で一番恐いのは「間合の攻防」と「技を出す瞬間」です。特に八段を目指す方は、これを超越する精神訓練、無になり切れるか否かに挑んで頂きたいと思います。
審査員は初太刀に注目していますので、気が満ちてきた時、必ずしも先に打ち出す必要はありませんが、先を取った技が出せる様に日頃から修錬してください。
◎構えは「盤石な足の構え」から
篠原
中心軸を立てる姿勢についてお話し頂けますか。
牧瀬
一般的には「後光が差している立姿」、「風格・品位が漂う凛々とした姿」が一番良いと言われています。剣道に言う姿勢とは、竹刀を持った構えですが、これらが備わっていなければなりません。
先ずは構えの基礎になる「盤石な足の構え」を作る事です。正しい両足の位置・足幅・踵の高さ・膝(折れていない)や、正しい足の運用・捌き(前後左右)ができ、縦横無尽に動ける様な足の体勢を築く事です。
その上に身体を乗せる気持ちで、両膝は柔らかく伸ばし、腰は袴腰で腰椎を伸ばし、体幹の中心を成します。胸を張り、首筋は真っ直ぐ、頭は天井を突き上げる気持ちで立ちます。
左手は臍の一拳前で、構えの中心となります。左手と左足は同様の作用で重要です。右手は鍔元を上から被せる様な気持ちで絞って握り、剣先で相手の右拳を制します。そうすれば、相手の気持ちを封じて中心を取る事ができます。
着装も大切で「襟首袴腰」と言われ、着物の襟が首に密着し、袴の腰板は腰骨にぴったりついている事は「姿勢を正す」には絶対必要です。日頃から自分の姿を鏡で点検してください。
◎心に響く打ちは「百練自得」で
篠原
打突した時「響く打ち」とはどのようなものでしょうか。
牧瀬
第一に竹刀が大事ですので、良く手入れした竹刀を使って頂きたいですね。有効打突の要素である強さと冴え・手の内の作用・体捌・機会・間合に加え、呼吸法(丹田腹式呼吸)を理解し、体得する事だと思います。旺盛なる気力をもって交刃の間まで詰め寄り、相手の兆し・起こりを捉える出頭の技や、抜き技・返し技等を身につける事です。
理屈ではなく「百錬自得」と言う様に、日々の稽古で自然に身につくものだと思います。やがて「玄妙な技」、所謂「神技」に繋がっていくのではないでしょうか。打突時の音も快音を残し、観衆にも感動を与えます。八段の二次審査に進まれた方の打突は心に響きます。
◎女性・高齢者の方々それぞれの特性を発揮・表現するには
篠原
女性や高齢者の方々に気をつけてもらいたい事があれば教えてください。
牧瀬
福岡は、毎年玉竜旗高校剣道大会が開催されますが、女子の部の開会式で故 吉武 六郎先生(範士九段、元福岡県剣道連盟会長)は「美しい剣道を展開してください」と述べられていました。その意中は、女性の持つ「しなやかさ」「端正さ」「優雅さ」を十分に発揮してくださいとの事だと思います。
男性のスピード・打突の強度をどう捌くか、また攻防の中から瞬時の技をどう捉えるかを日頃の稽古の中で編み出してください。出ばな面・出ばな小手・返し胴等は見事な技です。同時に美しい剣道を心掛けて頂きたいと思います。
高齢者の方は、石をも穿つ一点の水滴が落ちる如く、満々と熟した柿の実が今にも小枝から落ちるが如く、この一本に生涯を賭けた初太刀入魂、そして見事な残心で巌の身の如く剣道の年輪を表現して頂きたいと思います。
女性および高齢者の審査にあたって、理合等の審査の着眼点についての認識が共有されました。一層の奮起を期待しています。審査では平常心で「日頃の修錬の結果を見てください」位の気持ちで審査に臨んで頂きたいと思いますし、審査が近づいたから慌てて剣道形を稽古するのではなく、日頃から剣道形を稽古に取り入れて頂きたいと思います。
最後に称号・段位委員会の委員として六・七・八段の審査に携わっていますが、日本剣道形の審査、特に六・七段の審査で思うのは「間違いに近い不正確」と言いますか、所作・作法・礼法以下、理合、打太刀・仕太刀の関係、機を見て打つ、入身の所作等できていない人が多いです。
その他にも細かい事を言えば切りがありません。今後、指導者としての道を歩かれると思いますが、剣道形の意義を理解し、正確な剣道形を身につけられん事を期待しています。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。