
図書
段位審査に向けて
第16回 大城戸 功範士に訊く
篠原政美編集委員長(以下篠原)
第16回目として、愛媛県剣道連盟副会長の大城戸 功範士にお話を伺います。最初に、「理合」「風格」「品位」についてお話し下さい。
大城戸 功範士(以下大城戸)
剣道の段位審査は「剣道称号・段級位審査規則」の他「細則」・「実施要領」が定められ、六段以上の高段者の審査では、実技審査の着眼点に「理合」「風格」「品位」が求められています。言葉で説明する事が難しいのは無論ですが、私も審査員になった当初は、どういう所を見れば正しく評価できるのか色々考え、また先輩の先生方にも教わりました。
◎「気品」・「端正」・「風格」等は自然に滲み出て他人が感じるもの
持田盛二範士が書かれた『剣道と気品』の中に「端正」について“「端正」といふことも気品を養ふ上に大切な要素の一つである。心が端正でなければ、気品は生まれない。形が端正でなければ気品は添はない。徒に勝敗に拘泥する時、品が悉くなる。私心、邪念にとらはれて、稽古に無理がある中は気品が添わない。形の方面よりいふならば、稽古着や道具のつけ方が正しくなければ、品が添わない。姿勢の悪いのや動作の粗野なのも品を傷つける。剣道は、「礼に始まって礼に終る」といはれているが、礼儀を離れて気品はない”“無理に気品をつけようと気取って見ても本当の気品にはならない。気品は朝に求めて夕に得られるものではない。絶えず心を練り気を養ひ、心と業とが進むに従って、自然に備わるべきものである”との記述があります。
剣道の礼法には、立礼に始まり色々な所作があります。慣れてくると等閑になりがちですが、「気品」・「端正」・「風格」等は自分で判断するものではなく、他人が見て感じるものである事から、自然と滲み出てくる様になるには、毎日の稽古の積み重ねが大事だと思います。
審査会場に於いて、時々、姿・形に無頓着な人を見かけます。姿・形が整っていないから不合格という訳ではありませんが、マイナス要因にはなると思います。私が八段の審査員になった時、ある先生から「明日、八段としてこの人が上座に立って良いか、それに相応しい品格があるかを含めて良く見ないといけない」との助言を受けました。技術の進歩のお蔭で、自分の剣道がどうなのかビデオを撮り、即座に見る事ができる様になりました。私も試合や立合いの録画を見て反省するようにしています。
◎打突の機会を作れるか否か—如何にして作るかの理合いを見る
篠原
「攻め」についてお話し下さい。
大城戸
私の剣道は「攻め」を基本としていますが、若い頃、「理合」を分かって攻めていたかと言われると自信はありません。若い頃は、「間合」が一番大事で、常に良い間合を取る事を心掛けていました。年齢・経験を重ねていくと、攻めには色々な要素があり、間合の攻め合いだけでは通じないと気付きました。
審査に於いても、「攻め」て「崩し」て「打つ」理合が身に付いているか、体得出来ているかを見る様にしています。要は、打突の機会を作れるか否かですが、相手に力が有れば、待っていても打突の機会は中々生まれません。竹刀・身体・気を使って、どの様に自分から仕掛けていくかが大事だと思います。
また、最後は「無意識の技」だと思います。柳生十兵衛が打つべき機会について残しています。「(1)打ち出す所を勝つ、(2)打ち出さぬ者には仕掛けて打つ所を勝つ、(3)それを知るものには我が打ちを見せて、それを打つ所を勝つ」つまり、相手が打ってくる所の出ばな技に尽きるという事になります。それぞれレベルに違いがあり、(2)は相手を崩して引き出して打つ、(3)になると名人の域だと思いますが、私も審査員として、打突の機会を如何に作り出すか、その理合を良く見る様にしています。
◎大人こそ基本稽古を大切に
篠原
普段の稽古でも、理に適った稽古が大事という事ですね。
大城戸
千葉周作の言葉として「上達の場に二道あり、理より入るものあり、業より入るものあり、何れより入るも善しといへども、理より入るものは上達早く、業より入るものは上達遅し」が残されています。私は、業から入って理が後から付いてきた方ですが、理を理解し、稽古した方が上達は早いと感じています。大人になると基本稽古をやらなくなる人が多いですが、私の道場では、理合・攻め方を身に付ける為に、地稽古の前に約束稽古を取り入れ、面・小手打ち、出ばな技・応じ技等の稽古をしています。
その他、(1)中心を取り合う稽古。足さばきを伴い、自分の竹刀が中心を取る事で相手が竹刀の幅約3cmの分外れます。中心を取る為には、表・裏からの攻めや、払う・すり込み等ありますが、その人の実力に応じてやり方を工夫します。最初は、自分の竹刀を相手との真ん中に置く事から始まり、正中線を取る事が技に繋がる事を学んでもらっています。(2)足さばきは前に出る事に意識がいきがちですが、相手の動きに瞬時に対応し、打つ・応じる・下がる等、前後左右にスムーズに動く事が大切です。
約束稽古では、①相手が右足を出すと同時に、こちらも右足を出す②左足を引く③相手が左足を引く時に右足を出す等の稽古をしています。これが身に付くと、相手と対峙した時、遠山の目付で相手の足の動きが感じられる様になると思います。
◎左右の足の体重の掛け方を意識して端正な構えを工夫
篠原
構えについては如何ですか。
大城戸
手と足をバランス良く使う為には、構えが大事です。基本に沿った構えが良い事は言うまでもありせんが、人それぞれ体格が違いますので、私の道場では、左右の足の体重のかけ方等についても工夫し、自分の右足が動き易い構えを見つけ出してもらうようにしています。
端正な構えが理想ですが、相手の動きに瞬時に対応できる様、自分の体形に合った良い構えを見つける努力を続けて頂きたいと思います。崩し過ぎるのは良くないですし、昔の先生の写真を見ると、やはり良い形をされておられます。
◎パワー・スピードを補う切れの良い技には一息の切り返しを
篠原
女性や高齢者が気を付ける事は何でしょうか。
大城戸
ここ数年、女性の受審者が増えてきました。構えが綺麗で男性より上の方も多く見かけます。ただし、打ち出すと構えが崩れる人もおられます。面を打つ時に捨て切れていない方、小手を打つときに打たれる事を怖がり、身体が上下・左右にブレる方を見かけます。普段、打たれるのを怖がらない、捨て切った打ちの稽古をし、打たれる時は見事に打たれれば、自分の欠点に気付く事が出来ますし、自分の打突も良くなると思います。
パワー・スピードを補うのは切れの良い技です。その為には呼吸法が大事です。打突まで腹に力を入れ、息を長く吐きながら打突する事、短く息を吸い、長く息を吐く事を普段の稽古の時に大事にして頂きたいと思います。息を継がず一息で「切り返し」をする事で自然に息が長くなります。男性も60歳を過ぎるとパワー・スピードが落ちてきますので、呼吸法を大事にして頂きたいと思います。
審査の時、初太刀は大事ですが、飛び込み面に拘る必要はないと思います。相手がいる訳ですから、その場に相応しい打突の機会を捉えていれば、審査員の心を打つ一打になると思います。私は4度目で八段に合格しましたが、合格した時の初太刀はすり上げ面でした。失敗した3度は、審査員の目を意識し、「自分の技を見てもらいたい」という気持ちが強かったように思います。合格した時は、相手に集中し、結果としてのすり上げ技だったのではないかと思っています。
何本も有効打突があったのに不合格だったという話を聞きますが、パワーとスピードだけに頼った打突では中々難しいのではないかと思います。繰り返しになりますが、理に適った打突を心掛けて稽古して頂きたいと願っています。
◎迎え突きは評価対象にならない突っ張らないで応じ技の稽古を
また、審査の時、打たれたくないからか「迎え突き」の形になる人を見かけますが、迎え突きの形で突っ張るのは評価対象にはなりません。私も若い時、稽古していて迎え突きの形になった事があります。その時、先生から「迎え突きで突っ張らないで、すり上げ技・返し技・抜き技等の応じ技を稽古しなさい」と注意を受けました。足が動かないから突っ張る形になるのですが、足だけ動かし、間合いを切ると攻められて下がる様にも見えます。難しいですが、自分を鍛える意味で応じ技の稽古もしてもらいたいと思います。
それから参考になるかどうか分かりませんが、剣道は緩急強弱もあり、複雑な動きが多いので説明するのに中々適切な言葉が無い場合があります。
そういう場合、私は擬声音を使って説明し、イメージを作ってもらう様にしています。例えば右足の出し方を悩んでいる人がいると、「スーと入ってドーンと行く」というような説明をしています。人によりますが、打突のリズムやタイミングのイメージを掴む事は大事だと思っています。
*段位審査に向けては、2021年5月号から2022年11月号まで全19回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。役職は、掲載当時の情報をそのまま記載しております。