図 書
現代剣道百家箴
剣道所感
石原 昌直(剣道範士八段)
此度全日本剣道連盟創立20周年記念行事として現代剣道百家箴発刊の御趣旨により、修業未熟な小生まで感想を求められ、甚だ恐縮に存じますが、私が剣道に心ざして以来半世紀余の永い年月を閲しておりますので、過去を回顧し想い出るがままに感想を記載し責を果し度いと思います。
私が少年の頃、或る中学校の剣道の先生から、剣道は一朝一夕にして上手になれるものではない。永年に亘る修業を積み重ねて初めてその指導者に成れるのである。剣道の先生に成るには剣道の面を1万回以上着けねば成れない云々とのことでありました。
1万回と言うことは剣道修業の為め面を着けて1万回以上稽古を積み重ねなければ剣道の先生には成れないと言うことであります。そこで1年間毎日1回宛面を着けて剣道の稽古を為しても、1年で365回、10年で3,650回、30年で漸く1万回以上の稽古が出来得ることになりますのでこれは大変なことだと驚き入ったことがありました。
仮りに10歳の頃から或る人が稽古を始めたとしても、20年、30年、40年間毎日欠さずに1回宛稽古に励んでも、40歳の時に初めて1万回以上の稽古を積み、先生の資格を得ることに成るので、並大抵のことではありません。凡そ世事万般如何なる事柄にせよ、一簾の技術を身につけ、他人を指導することが如何に困難な事柄であるかを窺い知ることが出来ると思うのであります。
此処で我が身を振り返り、つくづく想い観るに、只徒らに永い年月のみを閲し、我身につけた技倆と力に乏しく、日暮れて道尚遠しの感を抱くのみであり、寔に慚愧に堪えず、気のはやる昨今であります。然し乍ら心の青春に変りなく、後輩並に青少年の指導に熱意を傾け、老軀に鞭打って努力を傾注し、新たなる決意を以って邁進致し度い所存でありますので、従来に変りない先輩各位の御懇情と御指導をお願いして止みません。
下記に青少年指導の課程を列挙し、簡単な註釈を加え参考に供し度いと存じます。
- 形を整えること=正しい稽古の原則的な形。
- 技を身に着けさすこと=各自に適した技の稽古。
- 身体の動きを敏捷に技と力を修得せしむること。
斜前進斜後退左右前進後退の繰返し。
精神面の修業課程
- 先の技を知得すること、三つの先の指導。
- 動ぜざる心、所謂不動心、恐驚疑惑。
- 慾を無くすこと。無心 (無念、無想)
結び 知行合一
- 形と技術体力の一致。
- 技術体力精神の一致。
- 慾心を無にした無心の境地の養成。
以上は唯思い浮ぶがままを記述したのに過ぎず表現力のまづさから真意の理解困難なる箇所多いものと遺憾に思うのでありますが、ただ指名の責を果さんことにのみ先走り、洵に申訳けなく思います。何卆御容赦をお願い申し上げます。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。