図 書
現代剣道百家箴
美しい訓え
井上 正孝(剣道範士八段)
確かな出典は知らないが「気は大納言の如く、身は足軽の如し」と言う言葉が、私は大好きである。そしてこれが私の貴い剣道の訓えでもあり、人生の美しい道標でもある。
気位は大納言の如く高く、豊かに持ち、身は足軽小者に比して忠実に、細心に働けと言う訓えでもあろうか、数多い剣道訓の中に於いて、現代に生きる最も雅味ある箴言だと私は思う。
然し、大納言の品位、風格を身につける事は決して容易な事ではない。それは不断の修養と、精神的蓄積が無ければならないからである。更に身を足軽の低きに落して、表裏なく忠実に働くと言う事は、これ又一段とむつかしい事であろう。それには、真摯な態度と莞爾たる服従の実践が伴わなければならないからである。剣道の立派さは洗練された美であり、研ぎ澄まされたその人の心の麗しさが、自然に流露したものでなければならない。換言すれば内に大納言の気概、気位が無ければ、外に大納言の品位、風格は絶対に表れるものでは無いと言う事である。そこに剣道修業の深遠さがあり、剣の醍醐味がある様に思われる。
気は大納言の如く高く、悠揚として迫らず、而も身は足軽小者にも比して、平易躬行の精神に徹する事は、言うべくしてなかなか到達し難い境地である。その容易ならざる至境に到達しようとする所に、日々の努力があり、精進があり、365日の修養があると思う。私はこの美しい訓えを「剣道と人生」の夢の道標として、逞しく「我が道」を行きたいと念じている。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。