図 書
現代剣道百家箴
剣道と青少年教育
松川 久仁男(剣道範士八段)
宮本武蔵は武芸を修業することで、書、画、彫刻、あるいは学者として哲学の面でもその道の世界人に肩を並べているといわれる。即ち一芸に達した者は萬芸に通ずで、剣道によって政治、経済、教育、何れの道も学びとることができ、また政治、経済、教育者は剣道の修錬で、その道をさらに深めることができるということである。剣道はもともと、日本の武士階級が学んだというより、政治、経済、教育界など日本の指導者が修錬の道としたものである。剣を学ばんとする者はまず心を学べといわれた所以でもあろう。
敵を切るという単に武術としての剣道の価値は、刀剣のみの時代であれば大きかったであろうが、今日のように機関銃、大砲、核爆弾などの発達した時代にはとるに足らないものである。しかし剣道を学ぶことにより、精神と身体を鍛え、いかなる場合にも応じうる精神と身体をつくることから剣道の意義は、いかに科学が進歩発達しても失うことはあるまい。剣道は、①稽古前後に行なわれる静坐は俗念をなくし、精神の統一を図る。②酷暑厳寒の四季を通じて行なわれる稽古によって剛毅、果敢、不屈の精神を錬る。③恐怖心を脱却して胆力、忍耐心を養い、明るい性格づくりに効果が多い。④頭をたたくので頭脳を悪くすると言われるが、むしろ機敏な動作訓練は、頭脳に適度な刺激を与え、頭をよくする。⑤道場に奉安する神殿への礼拝、剣道の形、試合などでは礼儀作法、敬神崇祖、あるいは沈着と気魄の精神養成が行なわれる。
また、精神面ばかりでなく、体育の上からみても理想的運動と言える。①人間の日常生活は物を提げたり、取ったりして屈筋運動が主に行なわれるが、剣道は面、小手、胴と両手を伸ばし、躍進して斬撃するので伸筋運動が行なわれ、屈伸相調和した全身運動となって身体を円満に発達せしめる。②動作感覚、視覚を鋭敏にする。③気合と共に対手の斬撃に応じた場合や隙を狙っている場合は呼吸と共に腹部に力を入れ、呼吸器、心臓など内臓諸器管や胸廓を強大にし、血液の循環を促すなど健康をよくする。④一般スポーツの最高調期が、ほとんど20・30才前後で終わるが、剣道は7・8才の児童から60・70才の老人男女が身体の強弱によって適宜に行える。⑤練習において1人、100人でも、屋内、外を問わず行えることなど他競技にみられない特色があるといえよう。
戦後の社会環境、家庭、学校教育に、自由主義のはきちがえから放縦となり、青少年に異常な犯罪増加をみせているが、この社会環境、家庭、学校教育の浄化是正は剣道でなければならぬと思う。不規律、無気力な者でも剣道により礼儀正しい、気力あるものとなってゆくのをみるからである。従って剣道を教える者は一つの使命感をもって真の日本人づくりに精進してほしいものだと考える。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。