図 書
現代剣道百家箴
内藤先生の教え
松野 義慶(剣道範士八段)
私は15才の時京都大日本武徳会本部剣道部教頭内藤高治範士の門に入りました。東京皇道義会の師範であった故市毛正平範士や、三重県の清水誓一郎範士等と京都市東山線西入ル仁王門の善香院(先生の寓居)の玄関番をして居た頃の出来事です。当時17才の2月頃だったと思いますが、京都大学の寒稽古明けの剣道大会に先生のお供をして出場したのです。試合は順調に行って見事な小手と横面とをとって両先輩からも盛んにほめられたので、今日は先生からも何と云ってほめられるかなぁと大変気を好くして帰ったのです。それから先輩と一諸に挨拶のため先生の居間に入りました処、先生は直ちに「松野今日は懐手をして居た様だが、いくら寒くてもあんな不用心な事ではいかん、以後気をつける様に」と試合については一言も申されなかったのです。私共は遙か遠い観衆の中に居たのですが、よくも懐手をして居たのに気付かれたものだと赤面した次第であります。それからと云うもの今日に至るまで冬が来て寒くなるといつも先生の御注意を思い出してなつかしく思います。維新の志士坂本龍馬も懐手をしていて刀を抜く間もなく切られたと聞いて居ますが、真に心すべき事だと思います。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。