図 書
現代剣道百家箴
剣道修行の心がけ
矢内 正一(剣道範士八段)
1、私の信条
入門があって卒業がない。不動の心を求めて流汗淋漓、ひたすらに終生修業のきびしい剣の道を歩み続ける、これが私の剣道に対する信条である。
私は福島県いわき市川前町に生れ、昭和3年12月1日旧陸軍教導学校を卒業して軍人としての第一歩を踏み出したのであるが、同時に剣道に対しても終生修業の決意をした。そして19才にして、愛知県豊橋市、故剣道範士堀田徳次郎先生の門下に入ったのである。
次いで東京皇道義会、故剣道教士市毛正平先生に指導を受け志はいよいよ強固になった。
軍人としてはさらに、昭和6年12月20日旧陸軍戸山学校を卒業した。この際成績優秀ということで恩賜の銀時計を下賜された。感激の極みであった。以来これを捧持して、「誠の心」を養うことにつとめてきた。ここにも剣道に対する確固とした信念がつちかわれてきたわけである。
戸山学校卒業後は、昭和13年3月まで同校の教官として、剣道および銃剣術の指導に専念した次第であるが、かなりの長い間ここにあって剣道範士持田盛二、故剣道範士斎村五郎、同大島治喜太の各先生方から親しく指導を受けることができたのはまことにありがたいことであり、また幸いなことであった。
2、剣道修業の心がけ
剣道は孤独のものであって他人に依存することはできない。それはあくまでも自己の努力に依る以外にはないことを自覚しなければならないのである。法句経第160節の教える通り、ただただ、よくととのえし己れにのみよるべを得るのである。よくととのえし己れとはどのようなものであろうか。それは不動の心であることに間違いはない。
沢庵禅師が柳生宗矩に剣禅一如を説いた不動智神妙録によれば、不動心とは物ごとにとらわれず、自由自在に動いて一寸も止まらぬ心をいうのである。宮本武蔵の五輪の書および兵法三十五ヶ条のいわゆる「いわおの身」というのも同様であろう。
しからば、この不動心はいかにして得られるものであろうか。それは只たゆまざる修業による外はない。しかもその修業は楽な稽古によっては得られるものではなく、体力、気力の全力、つまりは精根の限り真面目に錬磨を続けなければならない。この心がけこそが何よりも大切であると思うのである。
3、深く心を打たれた言葉
「剣道修業に、特に大事なことは心がけ一つであること。」 これは昭和28年3月頃私が東京を離れて帰郷する際、持田盛二先生からさとされた言葉であるが、身に沁みてありがたく思い以来この言葉を稽古の心がけとして実践することに努め、後進の指導にあたってもこれを指針としている次第である。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。