図 書
現代剣道百家箴
剣道と私
矢野 一郎(剣道範士/全日本実業団剣道連盟会長)
剣道を習い始めていつの間にか60余年が過ぎて了ったが、その間顧みてそのお蔭を蒙ったことは数え切れない程ある。私の生涯は全く「剣道の心」の導きであったことをいつも感謝している次第である。
中学の頃剣豪高野茂義先生に初めて接して大いに心を打たれたことも、剣道に魅せられた一つのきっかけであった。風呂場で先生の大きな背中を流し乍ら、その筋骨の美事さに驚嘆した。人間は鍛えればこうもなるものかと感心した。団子の竹串を持って根気よく飛んでいる蠅を狙い打ちして居られることなどがあったが、それが有心の打、無心の打、を試して居られたのだとは、遙かに後年になってやっと判った。
一高(旧制第一高等学校)に入っては塩谷青山先生と佐々木保蔵先輩によって心の剣を学ぶことが出来た。同時に中山博道、檜山義質の両先生にも鍛えられた。
大学を出て三菱に入ってからは専ら中山、橋本両先生に師事したが、その後第一生命に入社して、昭和11年には文字通り九死に一生の大病をしたことがあった。5ヶ月に及ぶ入院中は、日夜病魔と対峙して長い果し合いのつもりで終始したが遂に克った。正に剣道のお蔭で助かったのだから、そのお礼心に、当時建築中だった日比谷の本社の地下四階に道場を作って貰って、橋本統陽先生ご逝去まで、親しく剣、杖、居合のご指教を蒙った。余談乍らこの道場は地下70尺(約21m)の所にあるので、日本一低い道場だが、数年前神奈川県の大井町に新築した社屋の方には、17階に仮の道場を設けてあるので、これは恐らく日本一高い所にある道場だろうと思う。この二ヶ所が私の勉強場である。
前述の大病のあとで中山先生から、いつも年より20位上のつもりで稽古なさい。そうすれば一生出来ますよと言われた。又花柳寿輔の踊りの足だけをよく見て来なさいとも教えられた。昔から、足さばき第一、それから体さばき。手のさばきは一番あとという教えがあるが、中山先生の剣は正にその通りであった。こんな思い出はまるで昨日のことのように頭に残っていて、決して消えない。
私の一生は実に忙しかった。一時は200程の公職を持ったので、多方面から社会に接したが、剣の心はいつどこででも役に立った。
忙しさの為、剣道界にはいつもご無沙汰ばかりして居て申し訳ないと思っては居るが、社会の他の方面で剣の道を生かすことが私の使命だと感じているので、実業人の為の剣道の普及と発達の為にはお手伝いをせねばならぬと考えて、全日本実業団剣道連盟を作り、そのお世話だけをしている次第である。その為に、剣道によって養われる4つの徳を、礼、直、静、速の四文字を借りて、之を剣道の四徳として実業人の修養の目標にするように説いて居るが、どうぞ剣道があらゆる社会で大いに役立つことを念じて已まぬ次第である。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。