図 書
現代剣道百家箴
人一倍の努力では駄目
大江 功(剣道範士八段)
私が剣道を志ざし福岡に出たのは昭和2年1月、19才の時であった。当時大日本武徳会福岡支部の武徳殿では中野範士を始め松井、柴田、三角、井上先生等錚々たる先生方により約30名の講習生が朝夕2回の御指導を受けた。私は恩師柴田万作先生のお供をして朝稽古後警察、学校等の稽古に出て又武徳殿の午後の稽古にも馳せ着けた。体力に恵まれた私は何処の稽古も一生懸命であった。私は人一倍の努力をしていると思っていた。然し友人の話を聞き又静かに観ていると皆それぞれ自分と同じ位の努力をしていることが判った。そこで己れの考えの甘さに気付き人数倍の努力をしてはじめて人一倍の努力と云えることを悟った。住吉に下宿していたころ毎夜12時を期し住吉神社の森に入り無心に素振りをしたこと等今は楽しい想出の一つである。これは唯剣道のみに限らず世の全ての道に通ずる心構えと信ずる。
正攻法
剣道は外面的に、又内面的にも正しいことが最も大切である。あまり当てることにこだわらず稽古も試合も正攻法でありたい。ある人は稽古がキレイだから勝負はどうも等の言葉を続くが大変な間違いと思う。どこまでも正攻法で稽古でも試合でも勝てる迄、懸命の精進を続けるのが剣道の修業だと私は信じている。
礼について
剣道の修業は勿論道場の稽古のみではないが、相手があってはじめて己れの力量を知り、技術及び精神を錬磨し向上させることが出来る。面、小手、胴を打たれたら自分の隙を相手より指導してもらったのである。この心構えがあって始めて無言の中にも最初は「宜敷くお願いします」という礼になり、最後に「有難うございました」と感謝の礼になる。然るに昨今はあまりにも形式的で、時には無作法とも思える礼を見受けることは誠に遺憾である。
根 性
私が、小学校の卒業式で柴田という小学校長の訓詞の中に『人間は「己れ10年後を見ておれ」という根性を持って何事も努力せよ』との言葉があった。これは私が今日まで忘れることの出来ぬ教訓である。眼前の些些たる事象に一喜一憂することなく、剣道も「今に見ておれ誰にも負けないぞ」という強い根性を常に堅持して10年1日、人数倍の努力を続けたいものである。私も今尚その修業者の一人である。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。