図 書
現代剣道百家箴
先達の教え
乙藤 春雄(剣道範士八段)
剣道の歴史は古く、古来幾多の名人達人に依り心技両面に亘って余す所なく説きつくされて居り、何を今更、私如き未熟者が後世に残すべき言葉などのある筈もありませんが、御要請に応えて若い頃師事した範士松井松次郎先生や、範士渡辺栄先生に教えられた事ども一つ二つ、御参考ともなれば甚だ幸いと思います。
松井先生は、常に相手に対した場合はさて何処からでも、此方も参りますよと此の心構えがなければ駄目ですよ。と云って居られましたが、之れは何時でも正々堂々の立合をせよ、と教えられたものと思って居ります。
又、渡辺先生は常に剣尖(剣先)を鋭かせて気で攻めて相手の出端、退端を打てと教えられましたが、何分にも当時の私には其れを理解するだけの力もなく、どうやら近頃になって解る様な気がしてきました。渡辺先生は亦、稽古を願う為先生の前に立った時、相手の先生から手を振られる様になれよと教えられました。之れは解りますが、教えられた様には仲々強くなれません。
最後に一つ、之れは私の考え方で誠に恐縮ですが、此の際先生方の御高説が拝聴出来ますれば望外の喜びと存じます。それは私の所属して居ります兵庫県剣道連盟の日曜日の稽古後、剣道の本質について種々論議された事がありますが、私は打つべき時に打ち、打つべからざる時には打たない。之れが剣道の本質だよ、と云った事があります。さて果して之れがそうであるかどうか、只私はそう信じて行うべく努力致して居ります。もとより、剣道は相手の心を打つべきものである事は承知して居り、常日頃の稽古に一本でも二本でもそう云う打ちを入れたい、と心懸けては居りますが、仲々にむずかしいものであります。
折角の全剣連会長よりの御言葉なので、何かを書かなければいけないと思い以上を記しましたが、何がさて、物を書いた事のない私、筆の足りない所は諸先生方の分で埋め合せ願います。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。