図 書
現代剣道百家箴
私の剣道修行
川口 梶太郎(剣道範士八段)
剣道修行中感得した体験と申しても誠に浅薄な体験にてお恥しい次第ですが、私は大正2年頃郷里で恩師故植田平太郎先生について修業していましたが、先生が勤務上の御都合で高松市内に御転住され修業に事欠く状態で冬季、夏季の講習には旧武徳殿まで約10キロの行程を通う事になり、冬季講習の時などは午前4時に床を蹴って起き、冷飯に冷たい茶をかけ流し込む様に食事を済ませ駆け足の様な足取りで通ったものでした。帰路の約3分の1位の所まで帰った頃東の空から朝日が登り初め附近の人達は其の頃漸く起き出でて身を縮め寒々として居ましたが、自分は往路と違って全身がほかほかで意気も盛んに帰ったものでした。
元来頑健な方でなかった体質が其の頃から、自覚する程年と共に健康になり75才の今日まで大病もせず、長寿が出来たのは全く剣道の修業にて体質が改善されたのだと思われます。
身体は鍛えれば鍛える程健康は増進するものと確信を得ましたので青少年にも此の意味を時々話しをする様にして居ます。信条と致しましては故範士川崎善三郎先生が書いて下さった「戦而不敗、敗而不乱」で意味は読んで字の通りで此の精神を私は、剣道修業の上のみならず処世の教訓として居ります。
深く心を打った事は大正14年香川県より、京都の旧武徳会本部及び武道専門学校に剣道の学術科の研究の為め派遣されていた頃のこと主任教授の範士内藤高治先生に術科の、切り返しのお稽古をお願い致して居ました際、正面から如何程体当りでぶつかっても大松にぶつかる様であったので多少斜からぶつかったら、忽ち「いけません、正面からきなさい」とお叱りを受けた事今尚記憶に新しいもので先生のお教えは剣道は正しくなければならん邪まで有ってはならんとの御教訓であったと今も膽に銘じて忘れる事が出来ません。
以上誠に簡単で殊に拙文も省みず私の信条等の一端を申し述べました。現代の青少年の方々が学問に偏する事なく、心正しく気魄に満ち健全な一本ぴんと筋の通った社会人としてお役に立てる様な人物になって欲しいと念願するもので妄言はお許し下さい。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。