図 書
現代剣道百家箴
剣道修行の心得
田岡 伝(剣道範士八段)
剣道は一生が修業である。
剣道の練習に、当っては次の心掛けが大切である。
- 心をこめて練習をすること。
即 ち、他人が一度すれば、自分はその幾倍も練習をすること。 - 体力、気力の限界を越えて練習すること。(気力の抜けた練習はかえって害になる)
- 正しき練習をすること。
即ち、正しく打って、正しく打たれる様に一挙一動正しきに徹する様努力してこそ始めて 正しき剣道が培われるものである。 - 絶えず自己を反省して、短所を矯正しつつ「上手に習い、下手に学ぶ」の心掛けを怠らぬこと。
即ち、上手に習った技術を、自分より下手の人に施し、試して早く自分の技にするということであって、見学も、その一つである。
次に人それぞれ信条をもって生存しておると思うが、私は次の事を信条として生きて来た。即ち、一、有言実行、一、報恩、融和、信頼を旨とすること。
即ち、一度約すれば、必ず之を実行すること。そこで、約束する事前に、自分はこれを実行して是か否か、又実行が可能か否かを、自ら確めた上で約束をする、そして約束した上は必ず実行する。
又、人間が生存して行く上には、報恩と感謝、融和と信頼とがなくして、共存も共栄もないのである。
更に大切な事は、精神の修養である。
剣術がいくら強くても、心の修養が足らず行いが、正しくないならば真の剣道家とは云へないのである。只強いだけが能ではないと云う事を心して、絶えず修養を積まなければならない。
私は過去70余年間に、ご指導、ご鞭撻を頂いた恩師や先輩、友人各位に、深く感謝すると共に、今尚、耳新らしく、忘れる事の出来ない代表的のご教訓を一、二挙げると次の通りである。
一、先づ己を知ること。
即ち自分の力やその他を知らない者ほど恐ろしい者はない、と云う事である。
一、人に施して思う勿れ、施しを受けて忘る勿れ、即ち人にああしてやったとか、こうしてやったのに、等思ってはならない。しかし、人から受けた施しは決して忘れてはならない、という貴い教へである。
更に私の一生を通じて、一番心に打たれたのは、昨年(昭和46年10月)勲五等瑞宝章叙勲の光栄に浴し、皇居に於いて、謁を賜り、天皇陛下より
「今後益々体に気をつけて、国家の為に、盡されん事を」との有難いお言葉を賜った事である。私は只只感涙に咽びつつ、生ある限り、剣の道を通して世の為人の為に、ご奉公の誠を盡すべき事を肝に銘じその覚悟を新たにした次第である。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。