図 書
現代剣道百家箴
剣道愛好者の一人として
館野 覚治(前全剣連事務局長)
明治、大正、昭和の三代(しかも未曽有の敗戦を含む)に亙って、隆衰変遷の激しい中、55年間、一途に剣道修業に精進してきた剣道愛好者の一人にすぎない私が、次代に語り伝えるほどの修行上の指針を示すことはまことにおこがましいことである。
剣道は一生の修行であり、ひたすら先師先哲の道統を継承し、精進を続ける過程においての発言として、尊い体験、信条、深く心を打つことばの3点に限定して意見感想を述べることにする。御寛恕を乞う次第である。
1、尊い体験
長い人生の途上において、誰しも数多い尊い体験を有っているにちがいない。殊に剣道一途に生きてきた自分にはその感が深く、数々の思い出がある。その2、3を摘記すれば、
(1)学生時代の剣道生活の良さを知る。
多情多感の青春時代、友情の上に育てられた同志剣友の交わり、これが一生を貫いてたわけである。毎日の稽古、合宿、インターハイ目指してその精進、武者修業などなど、苦楽相伴う尊い思い出である。当時の学生剣道の良さは、剣技は剣道家に学び、剣心は先師先哲に求め、自ら職業剣道家と一線を画することに誇りを持っていた。
(2)任重くして道遠きを知る。
自分は大学を出ると、すぐ職を警察に奉じた関係で、進駐軍による剣道禁止の空白を除いて、殆ど中絶することなく、剣道を続け得たことを有難く思っている。50有年、磨けども、剣技いよいよ遠く、求めども剣心いよいよ深きを知る昨今である。任重くして道遠きが故に、この道を歩み続けることが楽しみとなり一生の友となるのである。
(3)温故知新の尊さを知る。
全剣連(全日本剣道連盟)の事務局長に就任し、多くの剣師剣友を得るとともに、現代剣道界の実情を知悉し得たことを有難く思うと共に、今日の剣道隆昌の源となった段位称号制度への反省、近代スポーツ化した試合の純化、即ち剣道界刷新の強化、量から質への転換などを痛感している。
2、信条
(1)有言実行 ― 嘘は最大の悪。いかに名論卓説を吐いても実践垂範が伴わなければ、立派な剣道の果実は結ばない。
(2)稽古三味 ― 段位、称号は終局目標への手段であり、過程である。
無念無想真剣になって錬磨することによって、立派な剣技も剣心も修得される。
3、深く心を打つ言葉(先師先哲の言中より)
(1)心正しければ剣また正し。
(2)心頭滅却すれば火もまた涼し。
(3)義は勇によって行われ、勇は義によって長ず。
(4)うつるとも月は思わず、うつすとも水は思わず猿沢の池。
(5)晴れてよし雲りてもよし不二の山、元の姿は変らざりけり。
(6)道友は乳水の如し。
(7)脚下照顧、啐啄同機、猶興の士、剣禅一致。
何れも坐右の銘ならざるはなし。
*現代剣道百家箴は、1972(昭和47)年、全剣連20周年記念事業の一つとして企画された刊行物です。詳しくは「現代剣道百家箴の再掲載にあたり」をご覧ください。