図 書
剣道みちしるべ
第1回 全剣連発足55周年に寄せて
総務・広報編集小委員会(当時)
真砂 威
今月号(『剣窓』2007年8月号)から新しく『剣道みちしるべ』を連載します。全日本剣道連盟が発足して55周年を迎えるにあたり、改めて新時代の剣道とどう向き合うのか、指導や普及の課題をいかに発展させるか、その道標を求めるための企画です。全剣連出版物、専門書を参考、引用する一方、当面の剣道時事に関する諸問題について鋭意考えて行きます。ご愛読頂くとともに、読者皆様のご意見もお待ちしております。
◎課題は何か
本年は、全剣連が発足して55年目の年にあたります。顧みますれば、戦争末期から戦後の占領下を通じて、瀕死の状態にあった剣道は、独立回復後いち早く全剣連の発足(昭和27年10月)から蘇生のスタートを切りました。その後多くの困難を乗り越えて、当時予想できなかった今日の普及、発展を実現することができました。しかし、剣道の歴史という長い目で振り返れば、一度落ち込んだどん底から必死にはい上がった55年といえるでしょう。
今日、剣道人口は戦前を凌駕する隆盛の時代となりました。愛好者の数的な広がりもさることながら、普及にあたっては、高い水準の剣道の育成を目指し、長期にわたり健全な発展を図らなければなりません。剣道は、親・子・孫の3世代、更には4世代の老若男女が一堂に会し、剣を交えることにより、相互に「鍛え」「磨き」「楽しむ」運動としての特性を持ちます。高齢化社会にさしかかっての、さまざまな憂慮をよそに、高齢者の体力、気力の増進に最適のものであるといえましょう。
また、竹刀を刀になぞらえた伝統的仕法による稽古の励行は、人格陶冶の教育的効果をもたらすとして社会から大きな期待が寄せられています。青少年の健全育成をはじめ、剣道の果たすべき人づくりという社会的役割は、今後さらに大きくなると考えられます。
今のところ、剣道の愛好者総数においては、比較的順調な歩みを遂げているといえます。今後さらに普及、発展を目指す上で、課題は何かを考えてみたいと思います。
先に剣道の特性とし″老若男女、一堂に会し″ということを述べました。付け加えますと、単に一緒にできるという程度にとどまらず、剣技においては、体力のあり余る青年期の者より、熟練の高年齢者の方が、力量が上回るのを前提としています。それが高齢化社会に最適であると、世に勧めるゆえんであります。しかし、今一番の課題は、この″生涯剣道″のラインに乗せるため、青少年期から社会人、そして高壮年へと、いかにつなげるかということです。
世の親が、わが子を剣道教室に通わせる一番の理由は、礼儀作法を始めとする″しつけ教育″に期待してのことです。おおかたの指導者は、そのところはよく心得て、子どもたちに、道場におけるいろいろな所作事を、丁寧にしつけます。
しかし、剣道の技術そのものは、なかなか習得し難く、やる気を持続させることが非常に難しいのが現実です。そこで、子どもたちに興味を起こさせる″手段″として、いきおい試合を取り入れることとなるわけです。その場合でも、興味を促進するための手段であることの認識が、指導者側にしっかりとあれば、試合にもそれなりの効果が期待できるでしょう。しかし、当初手段であったはずのものが、いつしか目的化し、大会優勝などを目指す、勝利至上の風潮を誘発させれば、サバイバル的な様相を呈するのは当然のことです。少年期の技術が稚拙な段階において過当に勝負を煽れば、本能的な闘争とならざるを得ません。結局、勝負の行方は、その子が生まれながらに備え持った体力とか、競争心の強さとかによって左右されてしまいます。このような、およそ剣の技量といえない俄拵えのレベルで常勝をつかんだとしても、あとあとの上達は到底おぼつきません。「負けると興味を失なう、勝っても将来の上達が望めない」のであれば、「勝ち組」「負け組」どちらに転んでも、剣道離れにつながることは免れません。少子化は致し方ない現象としても、そのことを嘆く前に、せっかく入門した子どもを、″蝸角の争い″に終始させることは断じて避けなければなりません。
青少年期において、「試合なくして普及は考えられない」とするならば、指導者は試合において切磋琢磨させる中身を、もう少し吟味する必要があると思われます。
◎将来展望
戦後、全剣連が発足してからの剣道界の歩みは、紆余曲折の道を辿りながらも、総じて好ましい発展を遂げてきたといえます。しかし、将来を見わたすと、少子化と相まって、青少年層の剣道離れの慢性化による剣道人口の減少が、最も懸念されるところです。
打開の方法として、各種大会をより以上に推し進めることが、最速の活性化策かも知れません。しかし、それが勝利至上主義に結びつき過ぎると、教育上好ましくなく、また前述したように、かえって剣道離れを招いてしまうことにもなりかねません。反面、教育を前面に出し過ぎると、興味が減殺されるという憾みが、これまた残ります。この二者を、いかに調和させ、剣道界全体を健全な発展に導くかは、一に各々中央、地方剣連の執行部と現場の指導者層との、意思の疎通あるなし如何にかかっています。そういう意味で、各種の講習会や大会などの事業活動を通じて、縦横に良好なつながりを持つことが、今まで以上に必要となってきます。
(つづく)
*この『剣道みちしるべ』は、2007年8月〜2010年1月まで30回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。