図 書
剣道みちしるべ
第3回 剣道の国際性について
総務・広報編集小委員会(当時)
真砂 威
「国際剣道連盟」(FIK)は、昭和45年の「第1回世界剣道選手権大会」(WKC)開催時に発足しましたが、全剣連の海外普及施策は、決して世界大会を主軸とするものではなく、むしろ一般の競技スポーツと趣を異にした広がりが求められています。特にヨーロッパ各国では、日本文化に造詣が深い剣道愛好者が多くいます。しかしながら、家元と自任する我が国の剣道家が、彼らの欲する要望に的確に応えているかといえば、些か心許ないものがあります。今後、さらに海外からの指導者派遣の要請が増えると思われますが、しかるべく教養と技量を身につけた人を選ぶことができるよう諸策が講じられています。
一方、FIK・WKCが、剣道の世界的広がりに大きく貢献していることも事実です。3年に1回のWKCの場では、試合だけではなく、古流を含む各種の演武が大々的に披露されたり、試合後に各国の選手・観戦者・審判・役員が参加して、合同稽古が行われるなど、他のスポーツと趣を異にした大会運営がなされています。
新しい世紀を迎えてはや7年。いまの日本は、経済・社会・文化また家庭などを見るにつけ、人間の心の中に当然にあるべきものが、見失われている現況下にあります。おそらくは、前世紀の後半に成し遂げた繁栄から、日常生活において、豊かさと利便の極みを手に入れたあとの反動であろうと思われます。予測し難いのは、これからの100年。将来の日本に思いを致し、我が国全体を、健全に立ち戻らせるにはどうすればいいのかを、真摯に考える必要があります。
その手がかりとなる一つのキーワードは、外国人が描く日本人のプラス・イメージ=「サムライ」です。新渡戸稲造が『武士道』(Bushido, The Soul of Japan)を英文で著し、世界的なベストセラーとなったことは周知のことです。まさに20世紀を迎えんとする1899年(明治32年)のことでした。新渡戸博士は、日本人の倫理道徳観の体系について、外国人に向かって最初に発した日本人です。西欧人をして日本人に一目置かせる役割を十二分に担ったとされています。それから1世紀あまり…。いま再び、日本人の心を見直すため、欠くべからずものとして、書店にも武士道に関する書籍がよく並べられるようになりました。
「武士道」は、古来伝わる大和魂を基とした日本人特有の心根を集大成したものです。まさに「日本人のアイデンティティー」を意味しています。我が国では、武道の理念も武士道との関連で考えられ、また、刀は侍の魂とされたことから、剣道と武士道を直結させてきた伝統があります。
全剣連は、以上の認識をもって、武士道の徳目である「智」「仁」「勇」を表した剣道人バッジを制定し、剣道の武士道的な修養を通じて、日本人に崇高な精神を復活させ、この不透明の時代に対して、積極的な姿勢で立ち向かう人づくりを志向しています。
「全剣連制定の剣道人バッジ」
この連盟の図案の意匠には赤色は「智」を、青色は「仁」を、白色は「勇」を表し、智・仁・勇を以て一体とした姿、即ち剣道の真精神を象徴したもの。
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以上、3回にわたって全剣連発足55周年を迎えての課題と将来展望を述べました。今のところ、剣道は順調な発展を遂げてはいるものの、ややもすれば、愛好者数が多い割には世間からマイナーと受け取られがちです。マスメディアの活用が十分でないというご指摘もあり、今後は、あらゆる機会を通じて、当局に対する積極的な働きかけを行っていくことが必要です。しかし、根本的に剣道は、野球やサッカーのように、スター選手が剣道人口を引っ張り上げるといった作用はあまり期待できません。決して高みに澄ましこむわけではありませんが、真っ当といわれる剣道の試合は、あまりにも求道的な雰囲気が強く、多くの観戦者に興味をそそらせるといった娯楽的要素が少ないといえましょう。また、技量が円熟してくれば、次第に試合者双方の動きに無駄がなく、簡素となり、一般には無味乾燥なものとして映りがちなのが、剣道の特徴といえます。そこが、「剣道は閉鎖的である」といわれる理由でもありましょう。
全剣連としては、今後できるだけ理解を深める努力を惜しむものではありません。しかし、剣道が世の中で真の理解を得られる最大のものは、″剣道の真価を世に示す″ことであると考えています。真価を世に示すとは、剣道人それぞれが、現在おかれている社会の分野あるいは立場で、しっかりと確実に活躍することであり、剣道人の存在感を高めることが、最も大切なことであるといえます。即ち剣道で培った気力・体力、そして道徳をも含めた総合的な″人間力″でもって、社会に積極的な貢献をすることです。時間はかかるかもわかりませんが、剣道界の中から、多くの人材を世に輩出させることこそ、真の活性化といえましょう。
剣道を日本の伝統文化としてとらえ、誇りを持って修錬を積み重ねることが肝要です。試合は、あくまでも″修錬の励み″の一つにすぎません。いかなる指導が″人づくり″となるか、「師弟同行」という、古来伝わるこの金言をよく噛みしめ、まず指導者自身が、自ら高める努力を続けることを強く望んでやみません。
(つづく)
*この『剣道みちしるべ』は、2007年8月〜2010年1月まで30回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。