図 書
剣道みちしるべ
第4回 中学校武道の必修化へ
総務・広報編集小委員会(当時)
真砂 威
中央教育審議会の専門部会は、今年(2007年)9月4日、中学校の体育で選択制の武道を必修化する方針をまとめました。ご存じのとおり、昨年12月に改正された教育基本法で、教育の目標に「伝統と文化の尊重」が掲げられました。まぎれもなく武道は「わが国の伝統文化」でありますから、新教育基本法の教育目標に即応するものと判断されたのでしょう。と言うよりは、むしろ、わが国の伝統と文化に立脚した武道が、教育的に有用であると再認識されるに至った背景が先にあって、法律の文言がこのようなかたちの表現となったものと考えます。新指導要領は早ければ平成23年度(2011年)から実施される予定とのことです。
さて剣道界ではここ何年か、少子化に伴う剣道人口の減少や中学校・高等学校における部活動の停滞など、青少年層の活性化に頭を悩ませておりましたが、この度の学習指導要領改正の方針は、これらの問題を一挙に解決するものとして大いに歓迎したいものです。
◎轍を踏むな
すわ、剣道ブーム到来!という声が聞こえてきそうです。が、ここで読者の方々には静慮をお願い致します。思い起こせば、昭和40年代後半に一大少年剣道ブームがおこりましたが、よもやその顛末を忘れてはなりません。時の剣道ブームは、「頭が良くなり礼儀正しくなるスポーツ」という触れ込みでおこりました。親の教育熱もさることながら、子供の内にある闘争本能の発散効果や、昔の剣豪への憧れなどの条件が合わさってのことであったろうと推察されます。当時は、「剣道人口700万人」とも高唱され、子供たちは、猫も杓子も剣道、剣道の時代であったと記憶しております。
しかし、その行く先はどうだったでしょう。広まれば広まるごとに剣道の本質がないがしろにされ、剣道を習う目的が、あたかも試合に勝つことであるかのように、いつの間にか、すり替わってしまいました。少年剣道教室なども、基本をしっかり教える専門の指導者より、間に合わせの手法を仕込む、いわばもどき先生の方が各種の大会で好成績を上げさせました。ですから、いきおい″もどき″の方に人気が集まるといった状況を呈しておりました。親たちは指導者の真価がなかなかわかりません。本当に教育を考え正道を践む専門家が切歯扼腕する中での剣道ブームでありました。
そんな俄仕立てのありさまでは永続きするわけありません。親の本当の望みも子供の欲求も満足させることができず砂上の楼閣のごとくついえました。
爾来30年。ブームの再来の兆しが、ほの見えてきました。が″その時″が到来したならば、今度こそは、われわれは心して、″前車の轍を踏む″ことのないよう、剣道を正しく社会に根付かせたいものです。
本誌9月号での新刊紹介、『武士道シックスティーン』(誉田哲也著:文芸春秋)は、剣道の時代的なニーズを考える上で大いに参考になると思われます。剣道をこころざす女子高校生の心裏の詳細な描写がとても面白く新鮮です。肩を凝らさず、剣道の現代的意味を考える上で、うってつけかと思い、そのひとくだりをご紹介いたします。
〈もうさ、戦とか、兵法とか、いいんだ。あたしは、剣道をやる。普通に、剣道をやるよ。剣道は、剣術のシミュレーションでも、決闘を競技化したスポーツでもない。剣道は、剣道……。それ以上でも、それ以下でもないんだよ。もし大きかったり、小さかったりするんだとしたら、それはやっている人間の、魂の大きさなんだと思う。小さい魂しかない奴の剣道は、小さいし、デカい魂を持つ奴の剣道は、デカいよ。あたしはデカい剣道をやりたい。剣道の周りに、ゴテゴテ余計なものをつけて大きくするんじゃなくて、剣道そのものを、大きくやりたい。〉
近ごろの若い者も捨てたものではない。その″大きく″に、若者むきに剣道の″理念″を凝縮させた響きを感じさせます。ぜひご一読を。
さて、学ぶ姿勢のトレンドがそうであるならば、次は指導のあり方が重要性を帯びてきます。時宜を得た、と言うべきでしょうか、本年3月に「剣道指導の心構え」が制定されました。次回は、これを読み解いてまいりましょう。
(つづく)
*この『剣道みちしるべ』は、2007年8月〜2010年1月まで30回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。