図 書
剣道みちしるべ
第6回 「剣道指導の心構え」について②
総務・広報編集小委員会(当時)真砂 威
敗戦から数年の禁止期間を経て″競技スポーツ″として再出発した剣道は、昭和30年(1955)に全剣連の日本体育協会加盟が承認され、同年実施の第10回国民大会に初参加いたします。ようやく一人前のスポーツと認められたわけです。そして昭和39年(1964)の東京オリンピックでは公開演技として参加するなど、他の競技と遜色ないようにとスポーツ色を強めることにやぶさかでありませんでした。そしてその流れの中、昭和45年(1970)には国際剣道連盟が発足し、同時に第1回の世界剣道選手権大会が日本で開催されます。というふうに競技スポーツとして躍進していきます。これが戦後における剣道復興の過程でした。
その一方で専門家筋には、剣道が本質から離れることへの危惧が生まれ、昭和46年(1971)、全剣連に「理念委員会」が設置されることとなりました。
理念委員会では、まず「これからの剣道を正しく、立派なものにするには、何が必要であり、何を原点とすべきか」が議題に上りました。その結果、「戦後の剣道は、″刀の観念″が薄くなっているように思われるので、ぜひ『刀』という言葉を入れるべきだ」ということが全員一致で決まりました。
前回も述べましたが、その当時としては、剣道禁止時代の影響が尾を引いており、「刀」という言葉を使うことに、なお憚る気持ちがあったわけです。しかし理念委員会では、「これはぜひ入れるべきだ」という結論を下しました。ここに「刀の観念による、正しく、たくましい人間生成の修錬であり、それが社会と文化の発展につながる」という方向性が固まります。そしてこれが″理念の核″となり、これをもとに3年余りにおよぶ審議を重ねた末、昭和50年(1975)3月に『剣道の理念』と『剣道修錬の心構え』が成立しました。
* * * * *
剣道の理念
剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である
剣道修錬の心構え
剣道を正しく真剣に学び 心身を錬磨して旺盛なる気力を養い剣道の特性を通じて礼節をとうとび 信義を重んじ誠を尽くして 常に自己の修錬に努め 以って国家社会を愛して 広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである。
* * * * *
この『剣道の理念』の制定は、対外的に剣道の何たるかを明らかにすることにありましたが、一方では、戦後剣道が復興・発展し、今や戦前を凌駕する隆盛のただなかにあるものの、やや剣道の本質を離れ、内容的に飽き足りぬ面が見受けられるので、『剣道の理念』を通して剣道を修業する人たちに指標を掲げ、正しい内容のある剣道が普及発展するように、という思いが強く込められていました。
我が国固有の文化として、歴史と伝統のもとに培われてきた剣道は、日本人の″ものの考え方″″行動の仕方″が内在している運動文化です。人間形成を目指す教育としての剣道は、精神的な面を尊重し、修養的あるいは鍛錬的な目的を強く持っております。また、お互いが道を求め学び合うとともに、人間としてのあり方や生き方も問い合うものであり、その教育的意義は非常に大きいといえます。
しかしながら、この全剣連の期待に沿わず『剣道の理念』は、意外と若い剣士には知られていません。実際に「聞いたことも見たこともない」という青少年剣士が多いのには驚かされます。若年層の″試合勝利中心主義″による剣道の乱れが指摘されて久しいですが、『剣道の理念』を教えずして、これを嘆いてみてもはじまりません。これは一に、指導者に問題があると言わざるを得ないでしょう。
「長期構想企画会議」において審議を重ねた結果、「理念」「修錬の心構え」が定められているにもかかわらず、この二つと並ぶ同じレベルに剣道の「指導」に関する基本的事項が定められていないことが、現場に定着しない要因になっているとの見解が出されました。
そこで『剣道の理念』の正しい理解を促し、指導現場の混乱を是正していく指針として「竹刀の本意」「礼法」「生涯剣道」の三本の柱からなる『剣道指導の心構え』を掲げることとしました。
(つづく)
剣道界の長期的課題の発見と、剣道の普及・振興に関する企画立案を行うため平成15年(2003)に設置された委員会。
*この『剣道みちしるべ』は、2007年8月〜2010年1月まで30回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。