図 書
剣道みちしるべ
第9回 時代とともに
総務・広報編集小委員会(当時)真砂 威
『剣道修錬の心構え』に「剣道を正しく真剣に学び…」とありますが、その「正しく」の価値観は決して一つではないはずです。それぞれのおかれている環境や年齢、性別においても違いがあるでしょうし、その時代、時代によっても変化があると考えられます。武術的な格闘のさまであったり、芸道的真髄を求めたり、あるいは競技スポーツ的な要素が色濃くなったりと違いがみられます。また、動きが活発であったり静的であったり、無骨だったり洗練性が高かったり、また強硬とか優柔とか、多種多様なかたちとなって現れます。それらのなかで何をよしとするかは、その時々の世相が大きく反映されるものかもしれません。
戦前に開催された天覧試合などの録画映像等を見ると、現在とは対戦スタイルが大きく異なることがわかります。ひと言でいえば、″なんでもあり″状態で自由自在に技を使いこなしているように感じられます。それぞれが構えを中段から上段へ、また中段へと思うままに使い分ける選手が多くみられます。歩み足をものともせず繰り出される大振りの技、また身をひるがえしての片手半面など、どんな技が出てくるかわかりません。蹲踞に近いほど膝を屈し胴を打ち放ったと思えば、次の瞬間には伸び上がっての面、空を切るや小手への変化等々です。こういった剣道が現代的意味において「正しく」といえるか否かの論議は別に譲るとしまして、少なくとも近ごろの試合でよく指摘されている、「防御一辺倒の姿勢」や「粘りつく鍔ぜり合い」は皆無といってよいでしょう。
しかし、この防御の姿勢や鍔ぜり合いも現代の世相を反映していると言えないでしょうか。永世棋聖の 佐藤康光氏は、将棋の流行について次のように述べています。
〈将棋指し(棋士)である私から見ると、将棋の流行は社会と似ることがあるように思う。将棋の戦い方も昔に比べると大分変化してきた。昔は玉をお互いに囲ってから、さあどう戦って行くかという力比べのスタイル、すもうに例えると、お互いががっぷり四つに組んだ上でどう戦うか、といういわゆる王道スタイルが主流であったが、今は序盤から隙あらば攻めるという攻撃姿勢で、皆、用心深くなったように思う。絶えず神経を張り巡らせているようで、良い意味では、より細かく研究が進んだといえるが、世知辛くなったともいえるかもしれない。〉
読者の皆さん、これはそっくり剣道にあてはまる話ではありませんか。しかしながら佐藤氏は、「近ごろの将棋は…」などと悪しざまな決めつけはせず、社会の流行に似て「世知辛くなった」のは致し方ないとしています。そうしたうえで、「より細かく研究が進んだ」と、むしろ肯定的にさえとらえています。″さすが永世棋聖″と、頭が下がる思いです。剣道の試合も、戦い方が時代とともに変化するのはやむを得ない、と容認する度量が必要なのかもしれません。
そのなかで佐藤氏は譲れないものとして、
〈日本文化の一つである将棋は、今後どのような発展を遂げるのであろうか。畳が敷かれた和室で座布団に座り、礼で始まり礼に終わる、実に日本らしいスタイルだと思う。最近、茶道の三千家の一つ、裏千家の家元が胡座でできるお手前を考案したそうだ。囲碁の対局は椅子席で行われることもある。いつか将棋も国際化が進むと、椅子席で行われる日が来るのだろうか。実は私は対局中、ほとんど正座を崩さず指している。子供の頃からの慣れというものが大きいが、私の場合、その方が集中力も高まり、精神を統一できるのだ。そんな私からすれば、今のスタイルを継続して欲しいと願う。〉
と述べています。われわれも変わってよいものと変えてはならないものをじっくり吟味し歩んでゆかねばなりません。
次回は、時代とともにある剣道の試合で、あの「三所避け(隠し)」といわれる極めつきの防御姿勢が″なぜ″いけないとされるのか考えてみましょう。
(つづく)
佐藤康光:38歳。平成19年(2007)、通算5期の棋聖位を獲得し、「永世棋聖」の称号を得、現在、棋聖・棋王の二冠。引用文は、雑誌『正論』平成19年7月号「折節の記 seiron essay 『棋士として』」。
*この『剣道みちしるべ』は、2007年8月〜2010年1月まで30回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。