図 書
剣道みちしるべ
第15回 警察における「術」と「道」
総務・広報編集小委員会(当時)真砂 威
剣道は術から道へと見事な変容を遂げました。しかしその洗練性ゆえ、軟弱化の方向に向かうのではないかと、危惧の念が起こるのも当然です。そこで、小欄筆者が警察出身であるという一つの視点から、術と道との対比を試みたいと思います。
ご存じのように警察術科には、柔道・剣道に加え「逮捕術」が採り入れられています。逮捕術は、犯人から攻撃または抵抗を受けた場合、相手に与える打撃を必要最小限度にとどめながら、安全かつ能率的に制圧逮捕することをねらいとしています。本来警察官は、三つの術科すべて訓練することを原則としています。しかしながら業務の多忙等により訓練時間の捻出が難しく、ほとんどの府県では逮捕術を全警察官必須とするものの、柔道・剣道は、いずれかの選択制で実施しているのが現状です。
逮捕術訓練の中には、防具を着装した乱取り訓練があり、また、あらゆる実戦の場面を想定した試合訓練も行っております。そして訓練だけにとどまらず、柔道や剣道と同じく全国大会はじめ各種大会を実施し、訓練の成果を試すと同時に職員の士気高揚を図っています。
その逮捕術試合の種目の中に、 警杖を使う対戦があります。打突部位は、左右の肩・胴・小手です。警杖は、柄と刃筋がないという違いはあるものの、竹刀様の得物です。しかし、逮捕術試合における警杖の使い方は、剣道と大きく違っています。選手は剣道の高段者が多いのですが、構えからして闘争本能をあらわにした右頭上から打ち下ろしを狙ったものがほとんどです。その昔″いざ真剣勝負″となったときには、このような構えであっただろうと想像させるものです。また、この警杖で使われる技は、袈裟懸けに打ち下ろす左肩打ち、左胴打ちが圧倒的に多く、反対に剣道で基本とされる右胴打ちは、ほとんどといってよいほど行われません。右肩打ちの技もしかりです。ということは、前に申しました野球やゴルフの例をあげるまでもなく、棒あるいは得物を右手前左手後に持って″振る″という身体技法としては、左胴打ちのような右からの振りの方が自然であり、しかも打撃効果が高いからです。このように逮捕術では、効用性を最優先させますから、技の価値として順逆が問われることは全くありません。また最近の剣道の試合では、安全圏となってしまった感のある鍔競り合いですが、逮捕術の試合では全く在り方が違います。相手と身体が接すれば必然的に組討ちに入り、投げ技が決まれば一本となるほか、不用意に間に入れば、拳での突きや足や膝での蹴りが待っており、一瞬も気の抜けない、まさに真剣勝負さながらの″術の世界″であります。
逮捕術は、警察官が犯人を制圧逮捕することを最大の目的としており、犯人を取り逃がすことは許されないという実効主義に根ざしているゆえ、犯人逮捕の場面を想定した総合武術をめざし、日々工夫・研究を重ねています。現在、逮捕術試合の種目は、「徒手対徒手」「徒手対短刀」「警棒対警棒」「警棒対短刀」「警棒対警杖」の5種目あります。しかしいずれの種目も、間合・体さばき・打ち込みという剣道的要素が強く、逮捕術の選手は圧倒的多数で剣道の熟練者で占められているのが現実です。
軟弱化に向かい、いかにも去勢されたかにみえる現代剣道ですが、剣道の素地があるゆえ、実戦として警棒や警杖など得物の使いこなしが自由となるのです。すなわち、術から道へ質的に転化したはずの剣道が、警察では必要に応じて術への回帰も自在に行われ、高段の剣士が見事逮捕術を使いこなしています。一方柔道の熟達者は、投げ技には長けていますが、かえってそれが相手にすぐ組みかかる習性となり、凶器を持った犯人に不用意に近づき不覚をとってしまうという点が指摘されます。そういった意味で柔道選択者にとって逮捕術の乱取りや試合は、間合や体さばきといった、受傷事故防止のための基本技術を習得させる必要不可欠の訓練となっています。
ともかく、道と術が一体となり万全を期する、というのが警察術科としての柔道・剣道・逮捕術の関係といえましょう。
(つづく)
杖道の「杖」を擬したもの。合成樹脂パイプ入りの竹棒(八つ割)を布でくるめた竹刀様もの。長さは125cm。
*この『剣道みちしるべ』は、2007年8月〜2010年1月まで30回に渡り月刊「剣窓」に連載したものを再掲載しています。