
図書
『令和版剣道百家箴』
「剣道のある姿」
剣道範士 藤井 稔(北海道)
○はじめに
次世代の指導者、海外での剣道修行者および剣道を学び始める子供たちに対して願うこと。それは、勝敗のみにこだわる勝利至上主義にはなってはいただきたくないことです。剣道修行で学んだことを日常生活に生かしていただき、立派な社会人になり、平和で明るい社会をつくるための情熱を傾注できる人間になっていただきたいことです。剣道の基本を正しく身に付け、体得することです。剣道は申すまでもなく日本の伝統文化であり、生涯武道であります。
指導者は生涯を楽しく、目標をもって剣道をやっていただくため、精神力と技を伝承する役目を果たしていただくことを願っております。
○剣道の本質
お互いに立礼の後、三歩進み、蹲踞姿勢から立った中段の構えの遠い間合い、危険地帯である触刃、交刃に至るまでの攻め、攻め返しの結果、相手を気で圧倒し、剣先を殺し、技を殺す、三殺法によって、相手に隙の生じたところを身と心を捨てきって打突することが真の流れであります。一連の流れの中で相手に隙の生じたところは打突の機会であり、長年の血の滲むような稽古の積み重ねによって心眼があきらかになるのです。
打突の機会の究極は 「三つの頭の訓」であります。
いわゆる、相手の動作の起こり頭、技の出る頭、動く頭を押さえ、技を出して相手の自由を制し、自分の思うままに扱うことであります。ここが究極とする剣道であります。胆ができていないとできないことです。
○剣道の攻め
剣道は心と心の優劣と深浅によって勝負が決するのであります。
相手に少しの隙を与えないと同時に、相手の少しの隙をも見逃さないで直ちに全身全霊の気合の入った状態で打ち込むことが強く求められるからであります。相手に隙を作るには、こちらからの攻めが厳しくなければ相手に隙は生じません。攻めには相手に通じる「気魄」が重要であります。相手に「打つぞ、突くぞ」という気持ちで攻め、相手の心の反応を見たり、動きを予知したりする、気あたりがなければ攻めに繋がらないことでしょう。相手を攻め、何らかの変化や反応があり、構えの崩れや心の動揺の生じたところが隙であり、打突の機会であります。
相手を攻め崩すには、具体的に三つの方法があります。
その第一点は、お互いが中段の構えで剣先を中心につけて攻め合っている場合は、お互いに打突の機会を得られません。そこで相手の竹刀を「押える」「触れる」「はじく」「張る」「捲く」等の剣先の働きにより、相手の剣先を中心から外して剣先の攻めによって打突の機会を作ることです。
その第二点は、技によって攻めることです。相手が打突しようとする先に、自分から積極的に技を仕掛けることによって機先を制し、相手の構えを崩したり、心の動揺を与えることで、自分を有利に導き、打突の機会を作るのです。
その第三点は、気によって攻めることです。相手が打突しようとする兆しが出る前に 「打つぞ、突くぞ」という強い気迫で相手の打ち気を封じたり、削ぐなどして勝気を掴むことです。
「攻めの気魄」の原点は相手の中心を攻めることであり、突きが基本であります。中心を攻めない剣道はありません。剣道は自分だけの都合だけで打突してはならないのです。
相手を尊敬し、ご都合を伺うことです。そこが攻めの基本であります。決して剣道は暴力ではありません。相手の都合を伺って、相手が都合悪かったら出直す、良かったら打ち間に入って打突する。剣道は人生そのものです。気で攻めて相手を引き出して、打突することです。
○有効打突 「一本」のまとめ
剣道は心と心の深浅および優劣によって勝敗が決まるものです。技を超越し、気を練り、心を練り上げる気の剣道が本来の剣道です。「攻めて、乗って、破って、崩して打て」の一刀流の訓えこそ、勝って打つ「一本」が究極の目標であります。相手に少しの隙をも与えないと同時に、相手の少しの隙をも見逃さないで、隙あれば直ちに全身全霊の気合の入った状態で身を捨てて打ち込むことが求められるからであります。本物には美があり、勢いがあり、それは気位であり、香り・味・侘びとがあり、見る人に感じさせるものがあります。しかも、有効の技を練り上げることによって、放心のない無形の心を磨き上げることであります。
○丹田の呼吸法によって 「剣道の肚」 をつくること
相手の動き、攻めに対し動じない肚ができているか。肚のできていない人は、相手の攻めに対し即座に反応し手元が絶えず動き、こころの動揺が見られます。剣道の四つの心の病、「四戎(驚・懼・疑・惑) 」が生じ、心の平静が乱れ、相手に打ち込める隙があっても、それを見出すことができません。その反面、自分に隙が生じれば、相手から打ち込まれます。修行によって、その四つの心の病を取り去らなければなりません。 物心に動じない心、冷静に正しく状況を判断できる不動心を平素から養う必要があると思っています。丹田呼吸法を継続して行うことによって丹田を鍛え、不動心を養い、剣道の肚をつくることです。言い換えれば相手の攻めに対し、いかなる場合にも心が動かない冷静な肚をつくり上げることです。
丹田呼吸法は、静かに口から息を長く吐き、臍下丹田に意識をもち、その後、静かに、短く、速く鼻から息を吸うことです。呼吸は虚実です。丹田呼吸法が脳神経に働きかけ、大脳からセロトニンというホルモンが多く出て、こころが落着き、剣道の四戎がなくなることが証明されております。以上は、腹式呼吸法ともいいます。このように丹田呼吸の方法は単純で難しくはありませんが、毎日継続し、日常生活の中で工夫して実行することが難しいのです。どうぞ根気よく5分でも、10分でもよいですから日常生活の中で続けていただき、剣道の肚を作っていただくことを願い、特にお薦めします。この呼吸法ができるようになれば、稽古内容が変わり、理想とする正しい剣道になります。
○おわりに
剣道は礼節を重んじながら、心身を鍛錬する奥深い武道であり、日常の稽古を通じて単に技能の修練にとどまらず、己の心を磨き豊かな人間形成を図る手段として、世界各国に普及しております。
最近の剣道界の特徴としては、少子高齢化による子供人口の減少、女子剣道・高齢者剣道の増加及び国際剣道人口の増加が上げられ、国際剣道連盟加盟国は64カ国・地域となっています。生涯剣道を実践する上で基本的に重要なことは、「初年は技を練り、中年は気を練り上げ、後年は位を学べ」という剣道の訓えのように、段階を経て本物の剣道が身につくということであります。年齢相応の剣道を心掛けることが生涯剣道の目的であり、正しい剣道に導くコツであります。
樹木は、その幹と根に支えられて、美しい姿に育ちます。
人間の姿を支えるのは、その心です。
「花は水、 人は愛、 剣道は心」です。(受付日:令和6年6月20日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。