
図書
『令和版剣道百家箴』
「現代における剣道の課題と将来の剣道愛好者に伝えたいこと」
剣道範士 菅崎 吉雄(岩手県)
一、現代における剣道の課題
私は、現在小学生中心の少年剣道指導と、日曜日には一般の高段者で六・七・八段を目指す人達の指導を行っている。小学生を指導していて最も強く感じているのは、少子化の影響も有ると思うが、少年剣士の急激な減少である。日本人を育て、日本の社会を支えて来た武士道精神の本家である剣道が滅びてしまうのではないかと思うことさえある。基礎・基本のしっかりした立派な剣士を育てるという大目標の前に、子供達が興味を持って飛び込んでくるような剣道指導、子供達を惹きつけるような指導者になること、このような指導者を育てることが急務かと考えている。
高段者を指導して思ったことは、基礎・基本が崩れていることである。特に長年剣道を愛好してきた高齢者に多いような気がする。剣道振興の為に活躍している人達でもあり、基本を大事にして欲しいと思っている。そして、日曜日稽古に来る一般の人達には、稽古は自分の剣道が少しでも増しなものになる為にやるもの、基礎・基本を崩さないように稽古をして下さい、とお願いしている。
持田先生は「私は剣道の基礎を体で覚えるのに50年かかった」と記している。ましてや我々は基礎・基本を疎かにしてはならない。基礎・基本の定着は「剣道は剣の理法の修錬」と言う理念達成のためにも重要な要素であると思っている。
また、現在の社会状況を見るとき、一層国際化が進み、世界の中の日本を維持発展させるために、日本の伝統文化である剣道とその精神は重要な役割があると思うのである。これを如何にして日本国民に広め、体現させるか、これは私たち剣道を愛好する者の役割ではなかろうか。何時までも豊かで、治安が良くて、人々は思いやりがあり、世界の皆さんが安心して来られる日本であって欲しいと願うものである。
二、将来の剣道愛好者に伝えたいこと
今、試合を楽しむゲームスポーツが盛んな時代となり、剣道も少しこの影響を受けている感じがある。一番大事なのは、長い歴史の中で創り上げられた中心を攻めて、真直ぐに打ち切る正しい剣道、美しい剣道を心して学び、後輩諸君に伝えることだと思っている。
「月刊武道」の2024年6月号にオイゲン・ヘリゲル氏が阿波 研造範士から弓道の指導を受けた時のことが書いてあった。「的を狙ってはいけない。中てようとしてはいけない。」と指導したが、どうしても納得しない。それで阿波範士は、最後の手段として暗闇の中で二本の矢を射て指導することにした。一本目は的の中心に命中し、二本目の矢は一本目の矢の筈を裂いて命中していた。阿波範士は「この射を計ったのは私ではないことを私は知っている。それが射、それが中てたのです」と話した。それ以後彼は一言もなく黙々と練習するようになった。とのことである。この「それ」とは何かを論じていた。
私も八段の挑戦者を教えてから3年、昨年漸く1人の合格者を出した。そして、合格の要は「心」であることを知った。
宮本 武蔵は、『五輪書』で「万理一空」を説き、「絶対空の中から、行為の最も素晴らしい展開がわき出る」、これが剣道の完成だと沢庵は結論している。
このような難解な奥深い究極の心法を修行を通して追求し、後世に伝えて欲しいと願うものである。
東日本大震災の時、被災した人達の己を超えた沈着冷静な行動をみて、世界の人々があれが武士道だ、あれが大和魂だと絶賛された。敬虔な日蓮宗の信者であった宮沢賢治は、「雨ニモマケズ」の詩の中で、あらゆることに自分をかんじょう(勘定)にいれずに、と言って「無我」を説いている。まさに無我を求める剣道精神は「人間形成の道」であり、人生の処世訓なのである。
わたしも87歳、先は長くは無い。どうか剣道愛好者の皆さん、剣道を楽しんでやって下さい。これが私の一番言いたいことである。(受付日:令和6年7月22日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。