
図書
『令和版剣道百家箴』
「現代剣道の課題と剣道所感」
剣道範士 川畑 富保(千葉県)
◯ 現代剣道の課題
現代の剣道は、日本国内だけでなく、世界各地に愛好者が増え、令和6年7月にはイタリアで第19回世界大会が開催され、世界的な武道として発展している。
また、剣道は単なるスポーツとしてではなく、心身の鍛練や精神修養即ち人間形成の手段として多くの人々に親しまれている。
しかしながら、現代剣道にはいくつかの課題がある。以下、現代剣道の主な課題について述べてみます。
「少子高齢化と過疎化による人口減少」、「指導者不足」、「国際化と文化理解の促進」、「若者の関心の低下」、「伝統と現代化のバランス」、「財政の確立」、「競技化と精神修養のバランス」、「女性の参加と役員の登用」等
以上、数点を挙げましたが、特に深刻なのは「少子高齢化と過疎化による人口減少」と「若者の関心の低下」、「指導者不足」により、若年層の剣士が減少し、中学、高等学校の部活の維持が困難になっている。
そこで私の剣道体験と所感の一端を述べ、次代を担う剣士諸兄の今後の修行の参考にして貰えると幸いである。
1、剣道との出会いと高校時代の猛稽古
昭和30年4月銚子商業高等学校に入学した。従兄に剣道部入部を勧誘された。この時15歳、剣道との出会いである。
1年生はほとんどが初心者で、まず運足を、その後素振りと2、3ヶ月の間は徹底的に基本の指導を受けた。7月ころから面を着けての素振りと打ち込み稽古と、主に先輩から指導を受けた。
稽古が出来るようになると最初の恩師、飯嶋 正平先生(のち範士八段)への掛り稽古である。この頃先生は30歳後半、国士舘専門学校で鍛えぬいた筋骨隆々の体躯で体当たりしてもびくともせず、組討ちも強く、ときにねじ伏せられ、外に突き出されることもあった。
また、一級上の酒谷 昌男先輩から声をかけられ、部活終了後の夜の二人稽古を学校の近くの神社で始めた。
素振り500本、大木に向っての切り返し、素小手での小手応じ返しと、また、先輩が不在の時は一人稽古と、厳しい稽古が卒業するまで続いた。
先生、先輩にお願いするときは怖かったが、「次こそ先生、先輩から一本取る」という気持ちになっていたのが、不思議であった。先生、先輩との猛稽古で鍛えられたお陰で、後の修行の中でこれほどの苦しさはを味わう事はなかった。小、中学時代虚弱体質の私はこの3年間で厳しさ、苦しさに耐えられる丈夫な体となっており、3年間風邪も引かず学校も部活も皆勤することができた。
ここから私の剣道人生が始まった。
*古歌に「くりかえし百度、千度うたれてぞ、ひかりまさる麻のさ衣」である。
2、生涯の師
高校を卒業後、千葉県警察に奉職。昭和34年5月に剣道特別訓練員に指名され、第二の師、糸賀 憲一先生(のち範士八段) の指導を受けた。先生は東京高等師範学校で高野 佐三郎先生に師事し、剣道の業と理論に精通しており、剣理を分かりやすく示範し、指導してくれた。高校時代は腰が抜けるまで、切り返しと掛かり稽古ばかりの日々を送り、3年間の苛烈さは当たり前と思っていただけに、先生の基本稽古の指導は懇切丁寧で分かりやすく、技を一本ずつ打ち合う約束稽古は、新鮮であり感激した。「攻めて、崩して打て」、「間合いの取り方」、「機会の捉え方」、「重心の移動」など、また、ヒントを与える指導方法は、実際の稽古の中で小手、面、胴と打ってみせてくれた。
技が多彩であり、「剣先の鋭さ」、「冴えた打突」、「手の内の柔らかさ」、「体のさばき」と、がっしりした体躯からは想像できない動き、さばきは絶妙であった。これから剣道を本格的に学んでいく道しるべが沢山あり、先生の数々の教えは、私の剣道に対する強い意欲が増すばかりであった。
先生は、「試合で勝っても勝ち方が悪いと厳しく叱られた」、反対に「一生懸命に戦って負けたときは良く頑張ったと褒めてくれた」。先生は試合でも稽古でも気を緩めることなく、常に先の気位で立会いせよと「気」の大切さを強調された。勝負に徹していた若い頃は今ひとつピンとこなかったが、「技は速いだけでは限界がくる。これからは技と共に腹(胆)と腹 (胆)との勝負である」と有難いお言葉を頂いた。先生は私の生涯の師となる。
剣道で一番大事なところは胆力即ち精神の鍛練であり、一生の課題である。「技は有限、精神は無限」と真の目標に気づいたのは40歳後半と、だいぶ時を経てからだった。 不肖の弟子であった。
*『一刀流聞書』に「若き時は無理にても何にても業を専らとすべし、夫れを盡して候て40以上になり候へば位の所を遣うべし」とある。
3、初心忘るべからず
「初心忘るべからず」。剣道を始めて70年目を迎えた。昭和の剣聖・持田 盛二先生は、「50にして基本ができた。その後心の修業に入った」とおっしゃっている。「凡人の私は生涯基本に徹すれば基本が出来るか」と自問し、心機一転、初心に帰って基本稽古に精励している。特に「丹田呼吸法」を重視した素振りと剣道形を中心に、「正しい打突、刃筋正しく打つ (切る) 剣道」に徹し、心技一如の剣道を目ざし精進している。
*山岡 鉄舟先生は『剣術大意』の中で「事理二つを修業するに在り。事は技なり、理は心なり。事理一致の場に至る是を妙處となす」と云っている。
結びに、私は、15歳から剣道を始めて84歳の今日までの疲労が溜まり、全身の節々が痛んで来ている。老体に鞭打って、微力ではあるが「打ち込み台」として、次代を担う若年指導者、青少年剣士等の成長と更なる日本伝剣道の普及、発展を願い、道場に立ち続けることが私の使命と確信し、生涯精進してまいる所存です。(受付日:令和6年7月18日)
*『令和版剣道百家箴』は、2025年1月より、全剣連ホームページに掲載しております。詳しくは「はじめに」をご覧ください。